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生物多様性という水とのつきあい方(鷲谷いづみ)
- 2008/06/30(Mon) -



生物多様性という水とのつきあい方


生きものとヒトが川を合作する





詠まれた自然


 水の恵みの多くは、生きものを介して成り立っています。現在はそのような意識がなくなってきていますが、川も生きものを媒介とした存在として捉えることは当然のことと思います。

 江戸という都市が成立した場所は、氾濫原(はんらんげん)に当たる場所でした。江戸時代の書を見ると、季節になると川へ行き白魚をすくったり、花を摘んだりしている様が描かれています。時代が下り、夏目漱石の『虞美人草(ぐびじんそう)』には「花見に行こう」「でも桜は終わったのでは?」と言うと、「荒川に行くのだ」と応じる記述があります。氾濫原的な要素を残している川の自然と、夏目漱石が記している植物がよく似ており、明治期まではこうした自然が残っていました。それが、徐々に都市の近くからなくなっていった。

 現在では、日本人ならば常識として持っていた生きものへのイメージも薄れてしまっていると思います。和歌や俳句を見ても、日常で出会う生きものが詠み込まれ、感情や感覚を共有しながら和歌を鑑賞した時代から、自分の身の回りにない異質な世界の詠句になってしまっていますね。

 高校生が俳句を論評しあう番組がありますが、それを見ているとかなり概念的なものが多い。自分の日常の生活、四季の自然というものは日本の文化の重要なテーマであったと思うのですが、それが薄れ、理屈を展開させているような俳句が優勢になっているのかなと思います。




自然の価値が理解されない文化の断絶



 今の川を見ると、川の生きものとふれあうことのできる場所がほとんどなくなっています。

 川はいろいろな形で利用されてきました。「川らしい」ということは、何も「川が原生自然である」ことを意味しているわけではありません。川の自然営力と、人がかつて川を利用してきた力、その合作とも言えるような自然が、最近まで川には残っていました。

 江戸時代の新田開発期に、草や萱を刈ったり、肥料を採るために生草を刈ったりという行為で、川面の資源を利用することを人々が始めました。その行為が川の氾濫に代わる撹乱(かくらん)を与え、広い胚配圏(はいばいけん)でなければ確保できない、多様性の高い水辺や葦(よし)などを存続させることができました。そういうものの価値が残念ながら理解されなくなっています。価値が理解されないということ自体が、文化の断絶です。

    撹乱:植物体の一部または全体を破壊するような外からの力のこと。植物が進化する過程で直面する自然淘汰の力は、主に3つあると考えられている。第1に資源をめぐる「競争」。第2に、植物の光合成・物質生産を抑制するような物理的な「ストレス」。そして、第3が「撹乱」である。

 生活の中でそのような自然を楽しむ、資源の恩恵に浴することも、ともになくなってきています。価値が認められなくなったので、河原をグラウンドやゴルフ場、駐車場にしたほうが人間にとって価値ある空間になると、一時期思われてしまった。そして、いつのまにか川の自然がどのようなものだったのか覚えている人もいなくなっている、というのが現状だと思います。



生物多様性を増すために川とつきあうには



 もし生物多様性という言葉で自然との共生、つまり「人がこれからも自然から多様な恵みを得続けるありかた」を模索していくのであれば、やはり、昔はどうであったかを思い出し、縮小されてしまった川の自然の領域を増やす必要があると思います。

    生物多様性:「地球サミット」(環境と開発に関する国際会議、リオデジャネイロ、1992年)で結ばれた「生物多様性条約」によれば、「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系そのほかの生息又は生育の場のいかんを問わない)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」と説明されている。遺伝子の多様性、個体群の多様性、種の多様性、生息・生育場所の多様性、生態系の多様性、景観の多様性、生態的プロセスの多様性などを広く含み、「生命の豊かさ」を包括的に表す概念として用いられている。(鷲谷いづみ『生物保全の生態学』共立出版、1999)

 かつて、人は自然資源を利用する中で、自ずと自然環境に関する学習もしてきました。楽しむと同時に学んでいたわけです。複雑な自然界の中のしくみを、自然資源を採るという行為を通すことで、自然に働きかけながら学んでいました。その学びというのは、人類が人類として誕生してきたときから続いていたわけです。

 人類はもともと果実や貝類を採集して生活し、その内に狩猟、そして農耕を始めましたから、自然資源とのつきあいはずっと続いてきたわけです。ところが、今はその行為をする場も機会もなくなっています。特に現在の都市生活者には、学ぶ場がほとんどありません。

 川は都市にも流れていますので、そこに一部でもダイナミックな自然を取り戻すことができたら、川の自然と自然の恵みにふれる場としても役に立つのではないでしょうか。身近な川の自然とふれあい、日常生活の中で自然とつきあうことが大切です。



撹乱は、マイナスというわけではない



 江戸時代初期の関東平野では、いろいろな川が乱流し、氾濫原のままでは人は生活できませんから、河川の改修を行いました。例えば、かつての荒川は雑木林と同じような機能を果たしていました。生産や生活のための資源を採る場であり、萱などを採っていました。つまり、時々川があふれ、自然の植生を破壊する。この破壊を撹乱といいます。自然の撹乱と、人が生活のために資源をとることによって生じる撹乱がうまく作用し、当時の荒川は生物多様性の高い空間であっただろうことが想像できます。

 撹乱は、植物体を破壊する作用です。破壊ですから、生物多様性にはマイナス行為の印象を与えるかもしれません。しかし先ほどもお話ししたように、実はそうではありません。自然界にも山火事や火山爆発や洪水など、撹乱の要素はたくさんあります。

 人間にとってそれは災害で、産業や生活にマイナスの効果をもたらしますが、自然を豊かにするという意味では、撹乱は非常に重要な要素です。

 日本の場合で言うと、撹乱がまったくないと気候の影響で暗い森が発達することになります。撹乱作用があると、森の中に明るい場所ができ、時間を経るにしたがって、明るい森から暗い森までいろいろな環境が生まれます。撹乱の規模によって、さまざまなタイプの明るい林地ができ、時間とともに変化していきます。

 生きものの中には、暗い森が好きなものがあれば、明るい場所で旺盛に成長する生きものもいます。後者の代表は植物です。その植物に動物は依存しています。動物は、ある植物種しかエサにできなかったり、植物体がつくる構造を棲み処にして生活していますので、植物の多様性が増せば、動物の多様性も増すという関係になっているわけです。

 さらに、自然の撹乱は、長い年月に渡ってそこの土地で繰り返し起こりますから、そこで生活している生きものは、その場所で適応進化しているわけです。つまり、撹乱は破壊する作用を持っていますが、生態系全体としてはマイナスの効果ではない。むしろ多様性を維持する要素として大きい機能を持っているということです。

    


田んぼの意味
 

 おそらく狩猟を始めた時期からヒトはただのほ乳動物ではなくなって、さまざまな撹乱を、自然界に与えてきました。

 狩猟するために火を放つということも、かなり昔から行われてきました。火を放てば自然に与えるインパクトは大きいですが、ときどき野火が起こる火山地域では、野火はヒトが放った火と大差ない規模ですし、人口密度が低い時代は、あちらこちらで焼くわけではないですから、自然の撹乱としてよく起きることの範囲内と言ってよかったのでしょう。一見インパクトが大きいようですが、それは自然によく馴染んでいて、むしろ撹乱して多様性を高めることに寄与していると判断することができます。

 また、日本の原生自然の中には本来一時的に水浸しになる場所ができたはずです。これを「一時的水域」と呼んでいますが、トンボや水生昆虫などはそのような場所に適応して生きてきたわけです。それらが、ヒトが造った「田んぼ」という一時的な水域を利用し、うまく棲み込み、そこを利用するものもたくさん出てきました。このためしばらく前まで、田んぼは生物多様性が豊かな場所でもあったのです。つまり、ヒトの手が加わっているとはいえ、田んぼはそれほど自然破壊的というわけではない。それは日本のもともとの自然の特性と、田んぼで行う人の行為、撹乱のありかた、水の水位変動等の諸要素がかけ離れていないために、かつての氾濫原で暮らしていた生きもののあるものが、そこに棲み着いて繁栄できたといえるのです。

 人間としては、ただ米を作りたかっただけなのですが、自然に馴染んで暮らしていた時代には、図らずも生物多様性を高めることにつながっていたのです。

 水田というのは、日本人にとっては大変ありがたいことでした。なぜなら、主食を作る場が、そのまま生物多様性の高い場でもあったからです。つまり、人と自然が調和できていた領域がかなり広かったのです。伝統的な田んぼを見ると、自然の機能の半分以上は保持していると感じられます。現代の田んぼとなると話は異なりますが、昔の水田は自然の恵みの最たるものと言っていいのではないでしょうか。



自然の恵みは、計り知れない価値を持っている



 自然の恵みは、財とサービスで説明されますが、私はもっと渾然一体としたものとも思っています。ヒトは、河原に生えた葦や荻(おぎ)を利用するために刈り取ったり、肥料をやったりする。それらの行為が、たまたまサクラソウなどの見た目も美しい植物の生育条件を作り出したりしたのです。葦(よし)や荻は財と捉えられます。また葦や荻はサービスも供給してくれています。葦や荻のサービスは、水を浄化する機能などです。「三尺流れれば水清し」という言葉がありますが、土の微生物の働きによって土水路のような所に水が流れれば、水がきれいになるという浄化の機能を意味しています。生物多様性の側面のある部分は、人の行為との比較でその価値を計ることができます。しかし、生きものそのものが多様な機能を持ち、生きもの同士のつながりも多様な機能を持っています。さらには、私たちが意識していないこともありますので、現在の時点での生態系の価値は計り知れないというのが、適切だと思います。ただ、貨幣価値で計らないと現在の世の中では納得しない方もいらっしゃいますので、その側面だけをとって「これだけの価値があります」ということは、説明としては意味があると思っています。



ヒトと自然の関わりの変遷



-- 海外を見ると、湿地と食糧生産地とは必ずしも一致していないですね。

 そうですね。例えば、小麦畑を作るには、もとの植生をまったく変えてしまいます。世界中で一番小麦が採れるのは、アメリカ中央部でミシシッピ川流域に広がるプレーリーという場所ですが、もともとは森林や草原がモザイクのように入り交じっていた自然でした。それをすべて破壊して、一様な小麦畑にしてしまった。これは、ある意味では大きな環境破壊となります。

 このため1930年代には、ダストボールという環境問題が起きています。今まで植物に覆われていた所を畑にすると土が露出します。それが広がってしまったために、畑が砂埃地帯になり、農地として維持できない場所がたくさん出てきました。このため、開拓からたいして時間がたっていないにもかかわらず、農地を放棄する人が出てきたのです。

 日本では同じ場所で千何百年、田を作り続けている場所が関西にあります。そういうことが可能なのは、水田というものが日本の低地の自然の一部を切り取ってきたもので、大きく改変したものではないということが理由です。自然環境という面から見ても、無理のない形だったわけです。

 ですから、日本にはトンボの種類が豊かですね。200種近くいますが、ヨーロッパ全体の種類よりも多い。両生類も熱帯に匹敵するほど多い。トンボと両生類は、幼生期には水の中で生活し、大人になると森に出ていく生きものです。この生態が田んぼに適していたからこそ、これだけ多くの種が棲息しているのです。

 もともとの日本の原生的自然というのは、雨量の多い地域で地形が複雑ですから、森が発達しやすいのですが、森のそばに必ず湿地があるように、森と水辺の組み合わせが豊富な環境でした。水田と農用林や屋敷林が組み合わさる農業環境だったため、農業が盛んになっても、水と森が一緒になった環境が維持され続け、豊かな生態系が絶滅しないですんだのです。

 それに比べるとイギリスなどのヨーロッパでは、農地の開発が生態系の破壊という方向で進んだので、たくさんの生きものが絶滅したため、固有の生きものが乏しくなっています。

 とは言うものの、日本でも高度成長期以降は自然が豊かではなくなってきています。効率を高める農業を進め、自然環境にあまり目が向かなかったからです。そして、水田というものが、稲を育てる場以外の機能を持っていることに意識が向けられず、他の機能を全部切り捨ててしまいました。水の管理もそうですね。田んぼの中には他の生きものがいてはいけない、という発想だったわけです。

 昔ながらの耕作方法が残っている所は、遅れていると見られるかもしれませんが、かつての生きものの賑わいを残しているのです。生物多様性という点から見ると、整備された田んぼというのは、生きものの乏しい空間になっています。溜池なども同様です。

    

自然の恵みの例

生態系が供給する有用物「財」

・食料
・燃料
・繊維
・建材
・薬用植物
・家畜や栽培植物の改良に役立つ野生生物遺伝子


生態系が提供する「サービス」

・水循環の維持
・気候の制御
・水と大気を清浄に保つ作用
・大気のガス組成の維持
・作物や有用植物の授粉
・有用植物の種子の分散
・土壌の形成と維持
・河岸や海岸の浸食防止
・必須栄養素の貯留と循環
・汚染物質の吸収と無毒化
・農業害虫、雑草の防除
・紫外線からの保護
・感動、インスピレーション、癒し、研究の機会の提供

鷲谷いづみ『生物保全の生態学』共立出版、1999  
 

 


生きものの賑わいの価値



 まだ気づかれていませんが、これからはそのような生きものの賑わいが、地域の資源になると思うのです。

 タガメだけでなく、ゲンゴロウももういません。本来なら溜池に行き、水をすくえば何種類ものゲンゴロウがいるという生きものの賑わいとか生物多様性を、今では実感することができなくなりました。子供が遊びを通じて生物多様性を実感するという体験は、現在では日本の中でもわずかしか残っていません。おそらく数十年前には普通であったことが、今はとても珍しい現象になっています。

 さらに、生物多様性を維持することは、食物を生産する上でもメリットが大きいはずです。生物多様性が豊かな場所では、いろいろな生きもの間にチェック機能が介在しますから、害虫が大発生することも起こりにくくなります。害虫の多くは外来のものです。大規模に水田を整理して生物多様性を否定してしまうと、外から来た害虫をチェックする生きものがいないため、大発生してしまうことがおこりがちです。そのため農薬などを次々と使っていかざるを得なくなり、作物の生産性も安定しなくなり、安全性の面でも人の健康に影響がでてきますね。

 一時的には生産効率が落ち、ある年度の生産量に限ってみると近代的な水田にはかなわなくても、何世代にも渡って持続的に使っていかれることを考えるならば、生物多様性に配慮したほうが望ましいと思います。残念ながら、そのことは充分に理解されているとはいえません。

 どうも、一つの「こと」がいろいろな意味を持っており、複雑な関係の中で多様な「機能」が維持されているということへの理解が、日本ではかなり遅れているように思います。

 現在ヨーロッパでは、農地の生態学的多様性を少しでも増そうと、農地に補助金を出す制度が整備されています。例えば、イギリスなどでは「うちの農場には野生の植物がこれだけ生育して見られます」と自己申告すると補助金がもらえる。ヨーロッパは今必死に農地における生態系の複雑性と多様性を取り戻そうとしているのです。

 日本では、そういう環境がまだ残っているのだけれども、その価値に対する理解はまだ薄い。有機農業をする際も、まだ、生物多様性を活かした有機農業というところにまで進んでいる方は少ないですね。単に循環という面から有機物を入れるということとして捉えています。ただ、一部で、生物多様性をキーに農業を健全化しようという動きは出てきています。そういう運動をしている人々は、おたまじゃくしが何匹いるとか、メダカやトンボの数とか、自分の田んぼにどういう生きものがいるか、自分たちで調査しています。

 そういう方にとっては、水の張り方一つとっても、目的によってさまざまな場合が考えられます。例えば、冬にそこに来る渡り鳥を重視するならば、冬に水を張り、冬期湛水 (たんすい)水田として、エサをとれるようにする。そのような活動をされている方達もいます。いずれにしても生息している生きものの種類によって要求する自然条件が違いますから、何か指標を決めないと、どのような方法が良いのか判断するのが難しいのです。



河川を守るには



-- 生物多様性を守るという面では、河川にはどう対処したらよいでしょうか。

 現在の日本の川は、手をこまねいていては、守れる状況にはありません。外来種もたくさん入っています。

 川である必要がない土地利用は、川から遠ざけてほしいものです。日本の緑地は狭いですから、せめて川沿いは氾濫原のある自然の場として、一部だけでも復活させてほしいですね。一般論は難しいのですが、都市河川にも工夫の仕方はあると思います。

 大事なことは、生物多様性を考えるときに川だけではく、周囲の自然環境も含めて面で整備する必要があるということです。生きものが戻ってくるということは、どこかに供給源があって、そこから移動してくるということです。その供給源が本当に残っているのか。移動のルートが確保されているのか。場合によっては人為的に援助する必要があるのかもしれません。さらに、人が移動させることで撹乱を招かないかなど、個別の場面で適切な調査をしなくてはならないと思います。

 また、どのような自然を守るかによって、人の関わり方を変えていかなくてはならない。使いながら守れる所もあれば、そうでない所もあります。

 場所に応じて、将来の不確実性を見越した上で、当事者が参加して、適切な管理をしていく。まずは、そこから始めないといけないでしょうね。

 かつてなかった生物多様性というキーワードを使うと、将来の人にとっても有効な解決策が見出せるのではないでしょうか。目先のことだけを考えると、長期的には損をする。環境というものを、そのような視点で見てほしいと思いますね。

http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_15/no15_f01.html



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ミニ発電でくるくる地域づくり
- 2008/06/28(Sat) -

ミニ発電でくるくる地域づくり


〈長野県大町市〉NPO地域づくり工房



背後に大町ダムを控えたコヲミ平ミニ水力発電所。

マイクロ水力発電で、地域おこしに取り組んでいる市民団体があります。
地域の個性を生かした仕事おこしをしよう、と旗揚げした「NPO地域づくり工房」の小水力発電への取組みに学びます。


内発型の開発を目指す


傘木宏夫さん

「NPO地域づくり工房」は、2002年の10月に発足し満5年を迎えた、長野県大町市にある市民団体だ。

「NPO地域づくり工房」の代表理事である傘木宏夫さんは、国からの援助や補助金、プロジェクトに頼りがちな傾向が強い中で、地域の個性を生かした仕事おこしをしていこうと、有志で会を発足させた。

会 の理念は、「市民からの仕事おこし」。もともと大町は、戦前から昭和電工、東洋紡といった大企業の立地があり、戦後はダム開発があり、近年ではオリンピッ クがある、というように外からの開発によって発展してきた地域だった。そのような体制に慣れてきてしまったために、そうしたことが望みにくい時代になった 近年、苦戦を強いられるようになっている。

まず発足からの半年間、《仕事おこしワークショップ》を計6回行なった。このワークショップは、地域で見捨てられている資源、生かされていない資源、いわば「ニッチ」を探そう、ということを目的に行なわれた。

部 屋を埋め尽くした人たちが、「この地域で生かされていないもの・こと・人・情報」をカードに書き出して、壁全面に貼った模造紙に分類しながら貼っていっ た。次に青い紙に「では、それを生かすためにはどうしたらいいか」ということを書いて出してもらった。ただし、「行政に何かしてもらう」というのは禁句だ よ、というルールだったそうだ。

それらの意見を再び整理していって、最終的に6つのプロジェクト案が残ることになった。

そ の後、話合いを進め、「菜の花エコプロジェクト」と「くるくるエコプロジェクト」の2つが誕生した。なにぶん弱小貧乏団体なので、最初に立ち上げたときに 寄附してもらった虎の子50万円をそのプロジェクトにあてるため、無計画なことはできない。できるだけ効果的に使えるように、計画は慎重に吟味された。

誰 でも経験があると思うが、アイディアというのは思いつきだけだったらいくらでも出てくるもの。しかし、具体的な一歩を考えること、つまり自分たちが持つ資 源をどう活用するかを見極めることとなると難しい。それを半年間、ワークショップという形で、なだめたり叩いたりしながら練ってきたというのだ。

 

クモの巣状の水路

高瀬川と鹿島川がつくった扇状地を浮き彫りにしている水路図。NPO地域づくり工房の壁に大きく張り出されている。それにしても、信濃川千曲川の流域は広大だ。
※図をクリックするとPDFファイルが開きます

小水力、いやマイクロ水力発電とも言うべき「くるくるエコプロジェクト」は、市内に張り巡らされた用水路を資源として生かそうというものだ。

大 町には2つの土地改良区があって、それを1枚の水路図にまとめてみた。そこに書かれた水路を全部つなげると、実に220kmにもなるという。この辺りに は、山から南に向けて標高100mから200mの扇状地が広がっている。鹿島川と高瀬川という2本の川が流れている間を、クモの巣のように支流が張り巡ら されている。

信濃大町駅から「NPO地域づくり工房」の事務所まで歩いてきても案外気がつかないのだが、自転車で来るとずっと登 り坂だということがよくわかるという。実際に、南に行くときは自転車を漕がずに行って、帰りは押して帰るほどの傾斜がある。この「勢いよく流れる水路網」 が地域おこしの元手となると考えたわけだ。

 


農業水路は宝の山



養殖池に設置されたコヲミ平ミニ水力発電所。「見える」ミニ発電としては、迫力満点。


農業用水路には、田んぼに水を入れる、山から出てきた冷たい水を温める、酸素を混ぜる、という3つの目的があって、そのため水路の途中に落差工(らくさこう)というのをつける。

田 んぼに対して水平に水を送っておいて、ストンと落とす。こうして勾配を調整しているのである。山から引いてきたまま田んぼに入れると勢いがつきすぎると か、水が温まらないとか、勾配の調整が難しいとかいった不都合なことがあるからなのだが、落差工を利用するとそれらがうまくいくのである。水が落ちるとき に、空気が一杯混ざるというメリットもある。

落差工は50mから100mに1カ所ぐらいずつあるので、大町市内全体でいったら、 それこそ無数にある。こういうものを地域のエネルギーとして生かせないか、そのエネルギーを利用して地場産品をつくれないか、そしてそこを地域の新しい拠 点として、遊び学習やらイベントやらを展開していこうじゃないか、というのが「NPO地域づくり工房」のコンセプトなのだ。

こうした計画案が2003年3月にまとまって、春に実行委員会が発足した。

初期の段階から、傘木さんたちは何が障壁になるのか、といった議論を重ねていった。

一つは、技術的な課題。本当にこんな小さな水路で発電ができるのか、という疑問が、まずあった。

また取れた電気を有効に使えるのか、ということも問題だ。よくいわれるのは、水力発電で取れた電気の波形は非常に雑で、安定していないため「粗雑な電気」と言われたりする。そんな電気を、果たしてうまく使っていかれるのかどうか。

最大の難関は、制度の壁であった。本当に、水利許可が取れるのだろうか。

水利権を取るには、たとえ水利権者が富山県や長野県であっても、発電に関しては、国の許可を取る必要がある。1kW以下のマイクロ発電のようなものであっても、基本的には水利権を取得しなければならない、という通達が過去にも出ていたのである。

全国の事例を調べてみたところ、黙ってやっているところはあることもわ かった。しかし、傘木さんたちは「NPOとして取り組むということは、小水力発電の可能性を社会に広げていくことを目的として考えるわけだから、黙ってや るのではなく、正面から申請書を出そう」と考えた。

ところが国土交通省からは、「前例がないのでダムと同じ書式で出してください」と言われ、つくった書類は、厚さ2.5cmにもなった。しかも、実験ということで申請しているので、毎年更新。

各関係機関の同意に関してもその都度取らなければならない。かなり面倒なことは事実であるが、傘木さんたちは正々堂々と正攻法でいくことを選んだ。

また農業用水路の三面コンクリート張りというと、環境破壊という見方が強い。

「で も、こうして小水力発電をやるようになると、違う見方ができます。三面コンクリート張りの必要悪の部分があるんなら、そのミチゲーション (mitigation開発事業が環境に与える影響を緩和するための保全行為)としてのミニ水力発電の可能性ということは、今後充分考えられると思いま す」

という傘木さん。

農業人口が減ってきている中で、農業水路の存在価値がそんなところで見出されたら、新しい可能性が生まれるだろう、とも言う。

「NPO地域づくり工房」は「くるくるエコプロジェクト」を含めた活動だけではなく、商店街を中心に流通する地域通貨を後押ししたり、多角的な取り組みにチャレンジしている。
下:工房の向かい側の商店。建物とアーケードの屋根の角度を見ると、かなりの坂道だ。歩道の下には暗渠化した水路があり、傘木さんは、商店街の中でもマイクロ発電の可能性を探っている。



3カ所同時スタート

記念すべき2003年の10月18日、駒沢ミニ水力、川上ミニ水力、小西ミニ水力の3つの発電所が、公開実験で同時にスタートした(小西ミニ水力は現在は閉鎖)。3カ所同時に始めたということで、多方面から大変注目された。

ま ず川上ミニ水力の川上博さんは、ワークショップの中で行なった関係者分析(関係機関の役割、問題、現状を把握することを目的に、プロジェクトに関連する個 人、機関、グループを分析すること)という手法で個人名を挙げていく中で、登場してきた人。こんなすごい人がいるよ、と紹介されてワークショップにかか わってもらううちに、「くるくるエコプロジェクト」の顧問を引き受けるようになった。旧国鉄で変電所の仕事をしていた技術者だった。

以前から「自分の家の前を流れている水路を使って水力発電がしたい」と思っていたが、いろいろな手続上の問題があって諦めかけていた。そんなとき、「NPO地域づくり工房」と出会ったという。

駒沢ミニ水力発電所は、「くるくるエコプロジェクト」の実行委員長、駒沢一明さんがつくったもの。いつも自分の家の横を流れる水路を見ながら「発電したいなあ」と思っていたそうだ。

小 西ミニ水力発電所は、育苗家の小西国広さんが始めた。小西さんは、21基ものビニールハウスを持っている。実はビニールハウスで花を育てるというのは「電 気を花にする」といわれるほど、電気を大量に使う仕事である。それを商用電力でやっていたんでは競争力がつかないから、自分の畑の横を流れている水路から 発電ができないものか、というのが動機だそうだ。

実行委員会を立ち上げて検討しているという記事が取り上げられたとき、それを見 た駒ヶ根の建設会社の社長が、「これまでの建設会社は公共土木に頼ってきたが、水力発電というのはエンドユーザー対応の仕事だ。落差や水量に合わせて、す べてオーダーメイドの必要がある。そういうものに対応するには、地元の水利をわかっている中小企業の仕事になるだろう。だから勉強のためにも協力させてほ しい」と言って、駆けつけてくれた。

しかし今、傘木さんたちは小西ミニ発電所の件で土地改良区のことを、もっと思いやるべきだったと反省している。

「水利権というのは、豊臣の時代からの歴史があるものです。そういうことに対して、我々の配慮が足りなかった、と思っているところです。コミュニケーション不足の一言に尽きます。そういう意味では、非常に良い勉強になりました」

また、水利というものは、こういった歴史的な背景を持っているのだ、ということを感じた一件だったともいう。

データ的な裏づけが取れるところまで実験が続けられなかったので確かなことは言えないが、小西ミニ水力発電所は8.9kWの出力があり、傘木さんは「継続していたら事業的にも成立できるのではないか」という手応えを得たという。


つくった電気の使い途

水力発電は粗雑な電気だ、といわれている。電気の波形がうねる部分があるため、大手の発電会社はその部分をカットして、安定したところだけを供給している。しかし、ミニ水力発電では発電量が少ないのだから、不安定部分を捨ててしまったらもったいない。

粗雑な電気をいかに使うか、という解決方法の一つは、蓄電池に充電して全部使うというもの。しかし、変換したときのロスがあり、装置が大きくなってしまうというデメリットがある。

そういう意味で、害獣避けの電柵や熱に変換して使えば、無駄なく全部使える。まだ手掛けていないが、傘木さんが是非やってみたいものに「融雪」がある。これも、無駄なく使える良い方法に思える。

たとえ変換しなくても、買電のために送電すると、そこでもロスが生じる。だから何に利用するか、効率の良い利用方法を考えてから取り組むことも重要になる。

発電方法に関して言えば、それぞれの地域の特性を考えて、水力でも風力でも太陽光でもいい。大町市は地図を見たらわかるように、水力に大きなポテンシャルがあるから、そこに着目することに意味があるのだ。

自然エネルギーによる小規模発電の鍵は、地域特性に合わせて、発電方法と使い途を選択するところにある、と言っても過言ではないだろう。


見て楽しい発電所

「NPO地域づくり工房」の発電所の特色の一つには、「見て楽しい」ということがある。水が回っている、うねっている、落ちていく、という姿が見えるのは、魅力的だ。大町は観光地でもあるので、「見て楽しい」という要素は重要だ、と思ってやっているという。

また国産の発電機を使った場合、1kW以下の小さな発電所で採算を取るというのは、ほとんど無理。それでも普及させていくんだ、というインセンティヴは、単にエネルギーとしてだけではなくて「地域資源」としての存在価値を認めるところにある。

傘木さんは、「見て楽しい発電機」を増やしていくという戦略で、10年間で10カ所ぐらいのミニ水力発電所をつくっていきたいと考えている。

似たような地形の地域から視察に来ることも多いという。その場合、「NPO地域づくり工房」は他地域の手伝いはしない。代わりに登録している会員企業などを紹介しているそうだ。


実は、水利許可が必要とされない場合もある。河川に指定されていない沢水をはじめ、落ち水や残水と呼ばれる水利の用途が終わった水、例えば工業用水や浄水場の水は、取り込むときには使えないが、使い終わって河川に戻っていく途中の水は、許可がなくても使える。

「NPO地域づくり工房」の申請がきっかけとなって、発電を始めた例も意外と増えているという。

三面張りの用水路に設置された駒沢ミニ水力発電所。
ベトナム製の発電機は渦巻く水でプロペラを回すタイプだ。プロペラの軸が垂直で、上部にある発電機へダイレクトに回転を伝える。風呂桶のような青いバット の下にパイプが長く伸びているのは、落差をつくって水の位置エネルギーを取り出すため。発電された電気は、すぐ近くの畑の電気柵に用いられているが、発電 機からの配線が少々心もとない。

 


小水力発電所は、これからどうなる?


実験ということで立ち上げているプロジェクトなので、いつまでもこの状態を続けているわけにはいかない、という悩みもある。

ただ「NPO地域づくり工房」には、年間で2000人を越える人たちが見学や視察に来る。環境学習やエコへの関心の喚起という、啓発のための拠点としての実績ができつつあるのも、また事実。発電のために水路を利用しようという人がもっと増えれば、法の整備も進んで、もう少し楽になるだろう。申請する人が多くなって運動にまでなれば、状況が変わる可能性だってある。

つまり、小水力発電技術を、利用方法と結びつけて事業化し、それを地域産業振興に結びつけるという点において、「NPO地域づくり工房」の力量が問われつつあるのだ。

傘木さん自身、実践的な運動はやってきたけれど、政策提言を示し多くの人が参加する運動を興すところには、「まだ至っていない」という認識があるという。

例えば申請書に関しても、1kW未満のマイクロ水力発電レベルであれば、許可制ではなく届出制で充分というシナリオもあるだろう。規制緩和によって改善されたらもっと多くの人が取り組みやすくなるのではないか。

そのためには、もっと政策的なバックアップが得られるような活動にしていかなければいけないな、とみんなで話し合っているという。

ミニ水力発電のレベルでは、電力エネルギーのことだけを言っていたら支持されない。もっと違う切り口で、例えばそれにかかわる人や地域に与える影響、電力とは違う意味でのエネルギーをアピールしていかなければ、支持は得られない。

「電力エネルギーと人的、地域的エネルギーをセットで訴えていきたい」

と傘木さんは考えている。

例えば事務所がある商店街でも、水路を使ってミニ水力発電をやろうという声がある。実は暗渠になっている水路には、いろいろな物が捨てられて流れてくる。水力発電をやるときには流入物がないということが必要条件になるので、水力発電に取り組むことで「水を汚さないで使おう」と訴えていくこともできる。水に関心を向けることができる。

大町は河川の最上流にあたる地域。そこで水を汚していたらいけない。そういうことに気づくきっかけとしても、ミニ水力発電は大変役に立つだろう。

小学校で話をする機会もあるそうだが、話し終わって最初の質問に「水の何が電気になるんですか?」と聞かれたそうだ。

「我々は当たり前に考えているけれど、そこから話をしなくちゃいけなかったんだと思いましたね」

と傘木さんは言う。

「水が落ちるときの力強さを子供たちが知っていたら、そこから電気ができることや水にはエネルギーがあるんだ、という話が実感できると思います。そこら辺のプールの水とは違うんだ、ということが納得できると思う。そういう意味でも見て楽しい発電というのは、水の力を知らせる意味があると思います」

川で泳ぐ子供が減ってきている中で、ミニ水力発電は水の力を思い起こすことにも貢献できるのではないかな、とも言う。

「倉阪秀史先生の永続地帯という考え方も、大変面白いと思いました。それで2003年の11月に来ていただいてお話をうかがいました。

すぐにそこまではいかないとしても、大町はダムの町で、万が一、日本が諸外国から経済封鎖されたとしても、電気を売って外貨が稼げるだけの力を持っているんです。都会はやっていかれないでしょうが、大町は独立を宣言してもやっていかれる。これは極端な話ですが、大町はそういう意味で永続地帯となれる素質を持っています」

ダムは環境的には負の遺産という側面もあるが、その歴史があるからこそ、この町には電力にくわしい川上さんのような人材がいる。そしてコンクリート三面張りの農業用水路も、環境的には負の遺産という側面もあるけれど、ミニ水力発電に生かそうと思ったら大変大きな財産になる。そういう先人たちが築いてきた遺産を、持続可能な地域づくりに生かしていこう、というのが「NPO地域づくり工房」の目標だ。

「NPO地域づくり工房」の仕事は、こうした遺産を次の世代に「見えるように」つないでいくことなのだ。


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水路をエネルギーの路へ
- 2008/06/25(Wed) -


水路をエネルギーの路へ

水路を「共の論理」で運用する


三野 徹
 
みつの とおる
滋賀県立大学客員教授
京都大学名誉教授

1943年生。京都大学農学部卒業後、同大学院修士課程修了。同大学農学部助手、助教授、岡山大学農学部助教授、教授、同大学環境理工学部教授を経て、 1997年より京都大学大学院農学研究科教授、2007年定年退職、現職。専門は灌漑排水学、水環境工学。
主な著書に『地域環境水文学』(朝倉書店1999)、『灌漑排水(上)(下)』(養賢堂1986)他。
   


日本の風土に合った水利インフラとして千年以上にもわたる歴史を持っている水路。
日本には、大小合わせて40万kmものの農業用排水路が張り巡らされていますが、これらは食糧生産のために安定した水を給排水すると同時に、エネルギーを運ぶ路でもあります。
国民的資産である水路を「エネルギーを持続して使う」ための新たな社会的共通資本(Social Overhead Capital)とするためには、「信頼を生み出すような、人々のかかわり(社会関係資本:Social Capital)」、すなわち「共の論理」を育てることが不可欠です。


世界の水管理の潮流「社会的管理から経済的管理へ」

農業用水と水力エネルギーの関係をお話しする前に、イスラエルの水源であるガリラヤ湖(キンネレット湖)の例を話したいと思います。シリア、ヨルダンとの国境にあり、イスラエル最大の淡水湖です。この湖の水をポンプで汲み上げ、わずか数十年でシナイ半島にまで至るイスラエル全域を灌漑開発しました。紀元後すぐに国が消滅して以来、世界中に散らばっていたユダヤ人がいっせいに戻ることによって急増した人口を吸収したのが、この灌漑開発だったんです。これは 1948年(昭和23)に独立したイスラエルのその後の発展にとって、歴史的に大きな意味を持つことになりました。



湖の集水域であるシリア領ゴラン高原を、イスラエルが占領したのが1967年(昭和42)の第三次中東戦争です。つまり中東紛争は、水を巡る争いという一面も持っていたのです。

したがって、中東紛争を抑えるためには、国境を越えた水の調整を避けては通れません。

シリアは今のところこの水を使っていませんが、自分の領土に降った雨をイスラエルに全部使われてしまうのは面白くないので権利を主張しています。

イスラエルはその水利用のための投資をして、インフラ建設を行ないました。そのために国家を挙げて水を守ろうとしてきましたが、最近方向が変わってきました。その調整を経済原理に任せようとしています。国家が管理するのではなくて、市場原理に任せようというのです。国と国が経済的に強く結びつけば、戦争をすることができなくなります。イスラエルはこれまで社会的に管理していたものを、経済的管理に切り替えようとしているのです。

市場原理に委ねることにより、経済合理的にいっそう水の利用効率を促進することになり、和平をもまた、実現しようとしています。社会実験として、中東和平の仲介者であるアメリカの研究者とイスラエルの研究者が中心となって進めています。

この「経済原理によって水利の調整を行なう」ことは、遠い国の話ではなく、日本でも県レベルで行なわれています。後でお話しする「琵琶湖総合開発」も、その出発点は「琵琶湖周辺地域が、湖の水を京阪神地域に供給する代わりに水源地域が経済的見返りを得る」ことでした。

ガリラヤ湖でも、琵琶湖総合開発と同じように湖沼をダム化して、ヨルダン川と地中海沿岸流域へ水を流す管理をしています。しかし、ややもすると自然の供給量以上に水を使いすぎ、ヨルダン川に放流する分が少なくなり、最後に流れ込む死海が縮んでいきます。

死海は湖面の海抜がマイナス418mという低位置にあって、流れ出る川がなく、死海からの水の蒸発によってのみバランスを取っているため30%もの高い塩分濃度を持つようになりました。イスラエルの建国以降、死海の湖面の低下と海岸部の地盤沈下が観測されており、死海の保全にはヨルダン川以外の水量確保が重要視されています。

そこで今、地中海からトンネルを掘って、使って減った水に見合う分の海水を入れる計画が検討されています。 400mの落差があるため、この海水で発電もできます。もちろん、地中海の外来生物が死海にまぎれ込むという生態学上の問題があり、ユネスコでも協議されていますが、今のままだと死海はなくなる運命にあるでしょう。このように水の利用は環境に大きな負の影響を与えます。

経済原理による水管理は、畑作中心の乾燥地での水利用の一般的な考え方になりつつあります。


農業水利システムの原型

それでは、水田が中心の日本のような湿潤地ではどうなのでしょうか。日本では歴史的に見ると、現在の国土が形成されると同時に、農業用水システムができ上がってきました。

戦国末期から江戸前期にかけて、急激な人口増加が見られます。実は、その背景には新田開発がありました。戦国武将たちは、自力で農地を開発して富国強兵を図らなくてはなりませんでしたから、土木技術で河川を固定し、領地を拡大したわけです。土木技術が進んだことで、それまでは洪水のたびに変わっていた下流域の流路を、堤防で固定できるようになりました。堤防ができると、今まで農地には使えなかった河川周辺の原野が水田開発適地となったため、戦国武将たちはこぞって水路整備に励みました。武田信玄がつくった「信玄堤」は有名ですね。

堤防を築いた堤内地には、かつて暴れ回っていた流路が幾つも残っています。それらを利用して河川上流から水を取り入れ、各水田に水を配りました。同時に堤内地に降った雨を水路に集め、河川に排出することで、地区内の環境を整えた。つまり堤内地の流路が、用水路と排水路を一本で兼ねた「用排水兼用路」として開発されたのが、我が国の伝統的農業水利システムです。

ですから、治水技術と水路開発は表裏一体ということですね。これが今の農業用水路の原型となっています。

上の田んぼの人が排水として流した水を下の人は用水として使い、また同じ水路に返すのが、用排水兼用システムです。繰り返し水を利用しますから、効率的なシステムになっています。ポンプもない時代ですから、重力のみを利用するわけです。地形に沿って流れていく水をうまく使うという、水の管理体系が形成されました。

こうした管理のためには、受益者である村人全員の協力が必要です。誰か一人でも反する行為をすると、効率の良い水の運営ができなくなります。そのために、地域の合意形成は多数決ではなく全員一致の原則が必要になります。そこで近世には、「ムラ」単位の絆が強力に築かれていったのです。水利共同体と水路の形態とはセットになっており、結果として社会全体の仕組みが形づくられてきたといえます。

水は、集落の中では平等に配分され、弱者も同じように水の利益を受けられます。ところが集落と集落の間では、対立関係が起きてしまう。これが我が国の水社会の持つ大きな特徴です。

今、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)つまり、「信用を醸成し政治経済活動のパフォーマンスを左右するような人々の協力関係」が大事である、と各方面で言われるようになっていますが、水利システムを共有資源と見なすことによって生まれてきた社会関係資本は、社会運営のための大事な元手(資本)なんです。水社会では、流れる水そのものは「自然資本」、それを流すための土木構造物は「社会資本」、それをどう管理していくかというソフトは「制度資本」であり、この三者が一体となって、はじめて有効な水利用ができるのです。

以上で述べたように、日本では国土や環境、社会と調和しながら水利システムができ上がってきました。


途切れた水循環

高度成長期には、もっぱら基盤の整備が先行しました。ダムや水路のような社会資本ばかりがつくられましたが、人々の絆、つまり社会関係資本はどんどん崩壊していったわけです。崩壊すると、集団で水を管理できなくなる。だから絆をハードな基盤で埋め合わせようと、水路を三面貼りにしたり、パイプにしたりしたため、変化に拍車がかかりました。それまでは健全な水の循環システムができ上がっていたのに、水路の利用効率ばかりに特化したため、水の循環システムの役割もゆがめられたわけです。

その一つの典型が、水路敷地の利用ですね。水路に蓋をして、その上を道路や駐車場にしました。水をパイプの中に閉じ込める、いわゆる水路のパイプライン化が進みました。この変化は、「エネルギーを運ぶ水路」という側面にも目に見える変化をもたらしました。

水を送る機能を中心に見てみましょう。水をパイプの中に封じ込めることは、エネルギーをパイプの中に閉じ込めるということなんですね。水に圧力を持たせることで、地形には関係なく、どこへでも水を運ぶことができる技術を手に入れたということです。

もう一つは汚い水が混じらないようにする用水・排水分離です。

効率の良い水の運搬を考えて、パイプ化して水を自由に送れるようになるとともに、汚い水を混ぜないで、きれいな水だけ送ることが可能になり、水の利用効率を一層高めることができます。

それを象徴しているのが、琵琶湖総合開発事業の一つである逆水灌漑システムの整備です。


もったいないエネルギー


琵琶湖の西岸、高島市では地下水位が高いため、真空式の下水道が埋設されている。左下は下水道の機能がうまく働かなくなったときの警報機。ブザーが鳴ったら役場の下水道局に電話することになっている。このような地下水位の高い地域に、逆水灌漑がされているのだ。
標高の低い地域では、パイプの中の水の圧力は極めて高いため、農業用水パイプのバルブが壊れるとご覧の通りの水柱が立つ。背丈を超えるこの水はすべて琵琶湖の水だ。
写真上と右:『針江水ごよみ』滋賀県高島郡新旭町(現高島市)より

 

琵琶湖総合開発は1972年(昭和47)〜1996年(平成8)の25年間をかけて実施された事業群です。淀川水系全体で琵琶湖の水を利用するとともに、琵琶湖の周辺にも開発利益を及ぼそうというものです。

琵琶湖周辺の多くは湿地帯で、農作業にも田舟を使うような土地柄でした。今までは低湿地であった所を堤防で仕切って、水をいったん琵琶湖に排除し、必要な水だけポンプで汲み上げる。つまり逆水灌漑地域を整備しました。琵琶湖周辺の1万ha以上もの農地に、こういう水循環の再編成が行なわれたのです。

わざわざ低い所にある琵琶湖に水を全部集めてから、改めて圧を加えて(エネルギーを使って)パイプで水を配ることによって、上流から流れてくる水しか使えなかったときに比べて、水源の安定性はものすごく高くなった。

その時代は電気も石油も安かったので、使うエネルギーと水や土地利用の効率が上がることを天秤に掛けると、充分採算が取れていました。しかも近代的な農業ができるようになりました。

ただ、本来そのまま利用したらいい水をいったん低い位置にある琵琶湖に貯めて、ポンプで圧力をかけて再び灌漑するので、それに費やす石油や電気のエネルギーは無駄といえるわけです。


農業用水の水道化をもたらした日曜渇水

コミュニティも大きく変わりました。琵琶湖総合開発以前は、集落で水を管理していましたから水利コミュニティが生きていた。ところが、圃場整備され、効率的な農業へと切り替わると大きな変化が起こってきました。

1960 年代には、10a当たりの生産労働時間は、180〜200時間でしたが、現在、整備された水稲の生産性の高い水田では10時間を切っています。農作業時間の短縮で、労働力が余ってきました。これは「工業部門への農業労働力の再配置」ということにつながり、兼業農家が増えました。農業をやめて、都会へ出て行った人も少なくありません。

農村地域全体が余剰労力を吐き出して、効率化されていったのです。こうなると農村の労動力がなくなってしまいますから、共同で管理しようにも、人がいません。

また、兼業農家の場合、平日は出勤するため、農作業をするのは休日だけ。実際、それでも収穫ができるようになったわけですが、代掻きの季節などは、農作業が土日に集中して行なわれます。すると、集落中の人がいっせいに水を使うため、「日曜渇水」という言葉が生まれたぐらいに水が足りなくなるのです。

そこでみんなが望んだのは、「パイプを開いたらすぐ水がくる」というシステム。上水道のように蛇口をひねればすぐ農業用水が出てくる仕組みを生みました。

いつでも水がくるようになったので、兼業農家の人は田んぼの水尻(みなじり)を開けたまま勤めに行くようになり、流し放しの状態になります。肥料は安いですから撒き放題で、排水とともにそのまま環境に排除されてしまいます。このようなかけ流しによって、汚濁した水が琵琶湖に流れ込みました。それが1970年代から80年代の琵琶湖の赤潮発生の一つの原因となりました。

電気も石油も高くなった今、琵琶湖周辺農家の人たちは、水には困らない代わりに電気代の高さに音を上げるようになりました。集落の組織も人も変ってしまったため、昔のような用排水兼用システムにも戻れません。小水力発電で水路からエネルギーを取り出すどころか、逆に水路にエネルギーを投入しなくてはならなくなった、というのが高度成長期の農業用水路の姿だったわけです。

「パイプ化すると、水が遠くなる」とは、現滋賀県知事・嘉田由紀子さんの言葉ですが、これが琵琶湖周辺の現状です。これは、高度成長期以降全国で一般的に見られた姿なんですね。


新たな「共」組織で水路を管理する

赤で示す逆水地域は、琵琶湖を水源として、ポンプとパイプラインによって灌漑用水を供給する。ほとんどは琵琶湖総合開発関連事業として整備された。『水で結ばれた琵琶湖・淀川流域の水循環と社会』(第9回世界湖沼会議実行委員会2001)より作図

90年代になると、環境意識も変わって、水路に対する意識も劇的に変化しました。

「大きな政府:公の拡大」で行政コストは高騰し、「小さな政府:私の拡大」は行き過ぎると個人の活動に歯止めがきかない。「水路を管理するにも、もっといい形があるのではないか」と思うようになってきた。そこで今、改めて見直されているのは、「公」と「私」の間にある「共」の仕組みです。これまで述べてきた社会関係資本とか、人と人とのかかわり・絆といってもいい。

「共」の見直しは、とても大事だと思います。高度成長期を支えたといっても過言ではない5次に渡る全国総合開発計画(全総)に代わり、国土利用の質を重視した「国土形成計画」を新たに策定することが2005年に決まりました。現在策定中ですが、そこでは新しい「公」の形として「共」的な部分をもっと広げよう、という方向になってきています。

全総のころは土木構造物を意味していた「社会資本」という言葉も再定義され、今は自然資本と制度資本も含めた社会的共通資本を、社会資本と定義し直すに至っています。

では水路はどう変わるのか。農林水産省は「水路と水を守るには、昔のように地域社会全体で管理するようなシステムを再度つくらなければならない。そのためにしっかりした人の組織を再生させよう」と盛んに言い始めています。

今の農村地域は90%が非農家なので、もう農家だけでは水路を守りきれない。非農家の人やNPOも一緒になって、農業的な価値だけではなく、水路そのものにも新しい価値を見出そうというわけです。これが2007年(平成19)から、「農地・水・環境保全向上対策」として始まりました。農業とは、本来農産物を生産・販売して市場から所得を得る産業ですが、それだけじゃなく環境も社会に売ろうという対策と考えることができます。生産を多少落としてでも、環境が提供してくれるサービス(環境サービス)を充実させる。環境サービスは市場原理だけではコントロールできませんから、これを行なう人に税金から払う、いわゆる環境支払制度の導入です。

EUではCAP(the Common Agricultural Policy共通農業改革)政策の中で環境サービスを行なった場合の補填を行なっていますが、直接支払う先は個別農家です。日本では集落や協議会など「共」に支払います。この違いは「水」とのかかわりの根本的な違いではないでしょうか。ヨーロッパは個人経営が中心の畑農業が主体ですが、日本には水田というものが持っている「共」的な仕組みがあり、その社会関係資本に着目し、活用しようとするものです。

CAP:
1993年にEU委員会が提案した「マクシャリー改革」のこと。1997年には「アジェンダ2000」及び、それに基づく1999年の加盟国間合意によって、
1 農産物価格引き下げによる国際競争力の向上
2 食品の安全性、品質の保証
3 農業社会維持のための安定的所得と適正生活水準の確保
4 環境保全、動物愛護
5 環境目標の取り込み
という5つの目標が掲げられ、その達成のための具体的手段について加盟国間で交渉が行なわれた。

環境サービスを高めるために、水路の再生も必要です。「共」として水路や生態系、景観を保全するところには、お金を出して支援しようとしています。

「農地・水・環境保全対策」では、基礎的な活動と同時に、地域独自の使い道が自由な交付金制度を設けています。これが大きな特徴です。条件はつきますが、地域ごとに独自の目的を持たせることができます。

地域独自の意志で決められるので、「地域全体で発電して、CO2を減らそう」という所があってもいいかもしれませんね。


小水力という観点で琵琶湖周辺を見直してみると


滋賀県・高島市の針江を流れる大川では、年に数回住人による川のメンテナンスが行なわれる。川底の水草を刈り、琵琶湖に流れ込む前に引き上げる(冒頭の写真)。かつて刈り取った草は、田んぼの大事な堆肥であった。各戸から1人参加するのが原則だが、ここでも人不足が悩みの種だ。そこで高島市では、水路やかばた(水路を屋内に引き込んで利用する水場)を世代を超えた地域資源と捉え、さまざまな啓発活動を行なった。その結果、「針江生水(しょうず)の郷委員会」という市民組織も発足し、地域活動にもつながることになった。住人の多くが農業に携わることのなくなった現在、川や水路の包蔵力を農業だけではなく多様に受けとめなければ、メンテナンスへのモチベーションを維持することができなくなってくる。
       

このように、新たな利用方法が潜在する社会的共通資本という視点から見ると、琵琶湖逆水には大きな可能性が秘められているともいえます。なぜなら、余計なエネルギーを使って、水が移動させられている仕組みが既にでき上がっていますから、そういう意味で、もったいないことなんです。

例えば、送水するためにかけた圧力のままでは強すぎる所が出てきます。そこで出口でわざわざ圧力を殺しています。圧力と水量を乗じたものがエネルギーですから、発電機器で減圧分を電気に換えるなどして回収すれば、それを必要なところで使えます。

ポンプアップのための加圧にしろ、安定供給のための減圧にしろ、今まで無駄なエネルギーをたくさん使っていましたが、私はそれを回収する仕組みをつくってやれば、エネルギー効率がよくなる、と考えています。

傾斜があって自然流下でいける所もパイプ送水されている場合があります。そこでも水を安定して送るために減圧している。それを拾い上げると、効率良くエネルギーが得られる。ただ水利権の問題があるので、制度を整える必要があるんですが、小林久さん(「エネルギー自立型から供給型へ」参照)の言うようにこれは将来大きな可能性を持っている。ピンポイントじゃなく、日本の水利施設全部で可能性があるわけですから。地域で生み出されたエネルギーは自家消費を中心として利用し、余剰が出たら都市に配ればいいのです。


土地改良区と水利権の変遷

このようにエネルギーを得る目的まで考えると、エネルギーと水利用を再統一して、新しい水利用システムをつくり直すほうが効率的な場合があります。しかし、ここには、水利権の問題など土地改良の歴史を背景にした課題があります。

今の農業の担い手は、農地解放以降に自作農となった人々で、いわば小さな地主がいっぱいいる状態なんです。小数の大地主と土地を借りている多数の小作人という戦前の図式とはまったく逆です。そして、水路は土地所有者の財産的価値の一部になっている。土地改良をするには、集団で意思決定をするわけですが、多数の小地主の合意形成をしていくのは非常に難しい。小水力発電も、うまくいっている所はどういう所かというと、規制緩和で社会実験をしている特区か、水利権を持っている河川管理者が特別に行なっているケースです。

日本の河川が、厳密に国家によって管理されていることはご存じと思います。1896年(明治29)に制定された河川法は「治水」中心でしたが、1964年(昭和39)の改正以降はより「利水」に軸足が移されました。

ダム建設による貯水量増加といった水資源開発行政と、河川流水利用者を農業用水、工業用水、生活用水、発電用水の各利用者に水利権を許可する利水行政の2つで河川水を管理してきました。現在は発電に関して「自然エネルギー」を利用する方向になってきていますが、小水力発電をしようとすると、現行の利水行政とうまく合わなくなってくるでしょう。

本来は「共」の管理である農業用水に、「公」が介入しすぎているからかもしれません。江戸時代末期に用排水兼用路の体系ができ上がったころには、集落でも集落間でも「共」としての秩序ができていました。ところが河川法を制定することで、ヨーロッパ近代法の体系を取り入れようとしましたが、水の権利の帰属をなかなか明確化できなかった。そこで旧来より入会(いりあい)として水路を使用してきた人の農業水利権、つまり「共」としての慣行権を許可したものとして認めたのです。そして今の土地改良区の原型である「普通水利組合」や「耕地整理組合」を組織して、地主や農家が共同で水路の整備や開発にかかわるような制度の整備を行ないました。

その状況が、昭和恐慌や世界恐慌でがらっと変ります。米騒動で地主は農業投資から手を引き始めました。そこで農村を救済するために、国や県が中心となって公共事業を盛んに行なうようになります。それまで地主が行なっていた幹線の水路整備を、「公」が肩代わりするようになったのです。

1949年(昭和24)には、土地改良法が制定されます。農地解放後、大量に生まれた自作農が集団で水を管理するために土地改良区ができます。そのときに、普通水利組合は全部土地改良区に吸収され、水利権も土地改良区や市町村に移りました。

※河川法では、慣行水利権を持った集落が、土地改良事業実施や取水施設の改築を行なう際には、許可水利権に切り替えるように取り扱われている。

土地改良制度というのは、食糧増産に必要な「農地」という個人財産を、一部公費を投入して改良する制度で、戦後の復興過程を反映しているといえるでしょう。農業用水は繰り返して使うため「誰がどの水をどれだけ使った」とはいえませんから、水利権は改良区とか市町村という「共」的な団体にしかないわけです。でも、実際には個人の所有している土地の中を水が流れていると、「水の共」と「土地の私」は微妙な関係になります。私は、この微妙な関係を、共を広げる形でカバーすることができないかと考えています。


地域用水と水路の弾力運用

琵琶湖周辺の一部都市化した地域では「環境用水」についての検討が進んでいます。農業用水と一口にいっても「農業用水(狭義)」と「地域用水」の2つの目的があります。

狭義の農業用水は灌漑用水、水路維持用水、営農用水に分かれ、地域用水は地域活動用水、レクリエーション用水、環境用水に分かれます。水利権には利用目的をはっきりさせなくてはいけませんから、この区分は重要なのです。ちなみに、環境用水は水質保全のための水や生物多様性を保全するための水、さらに地域活動に必要な水があります。

滋賀県の嘉田知事は、地域用水という目的で水利権を許可していますが、これもまだ微妙です。河川法では、水利権は「上水」「農水」「工水」とされています。昨年から環境用水が認められるようになりました。しかしながら、その適用については必ずしも安定しているとは言い難く、今後、いろいろな点から研究が必要な段階と思われます。改良区の農業用水の二次使用とゆるやかに解したほうが、当面はより実質的ではないかと思いますね。


「共」を拡大し水路を効率に利用できるか

農業用水の分類

さて、望ましい農業水利システムですが、支線レベルでは用排水を分離して、1枚1枚の水田を効率的に利用することが必要。そして幹線レベルでは、水田の排水路が集まって幹線に結びつく所で用排水を統合し、全体として水を反復利用する形が望ましい、と私は考えています。

ポンプとパイプラインがあれば、低い所にある水も再利用できます。しかし、反復利用を多くすると、河川から取る量は少なくなります。公共公益的立場と受益農家としての立場では、反復利用を巡り、まったく逆のインセンティブが働いてしまう。

一歩進んで「積極的に節水したら、管理費が安くなり、他の目的にも水が利用できる」となったら、農業用水の節水と転用が進むかもしれません。実はすでに、琵琶湖周辺で、このような量水制が適用される例があります。「管理費が高い。節水したい」という組合員の声に応え、土地改良区の主導で始まりました。

節水した所は管理費が安く、たくさん使う所は高いという量水制がうまくいく秘訣は、量水制にして知恵や工夫で集落同士の節水競争を見えるようにしていくことです。これまでのような面積賦課では節水競争がよく見えません。面白いもので、集落間競争になると、水尻を閉めて回る人が出てきたりして、集落の中の新たに「共」の意識が出てきます。改良区は、集落間の秩序を取りまとめていく役割を担えばいい。このような新しい水利秩序が形成されていくことが予想されます。今後どうなっていくか、期待を込めて見守っているところです。

これから農業用水の管理費が高くなったり、量水制が始まるようになると、水路を水の路・エネルギーの路・エントロピーの路としてより効率的に利用したいというインセンティブも生まれてくるのではないでしょうか。小水力発電はその重要な役割を果たすでしょうし、それをうまく活用するかどうかは、農業用水を管理する人々が自主的に水路を運用するという「共」の論理が拡大できるかにどうかにかかっているといえそうです。

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エクセルギー発電
- 2008/06/18(Wed) -



地域小水力発電のポテンシャル

エネルギー自立型から供給型へ 


愛媛県新居浜市別子山地区の集落。一番奥にある片流れ屋根の建物が、別子山支所(役場)。

小水力発電を活用したエネルギー自立型農村。
夢のような話ですが、日本の水路が持つポテンシャルを考えれば、決して実現不可能なものではありません。
地域の特性を活かした村づくりに携わってきた小林久さんが、その可能性とクリアすべき問題点を提示し、エネルギー自立型をさらに進めてエネルギー供給型農村に至る道筋を語ってくれました。

 


小林 久
こばやしひさし

茨城大学農学部地域環境科学科准教授。農学博士。

1977年新潟大学理学部地質鉱物学科卒業、静岡大学大学院農学研究科農芸化学専攻(修士)修了、東京農工大学大学院連合農学研究科生物生産学専攻(博 士)修了。民間コンサルタント会社勤務、コンサルタント事務所主宰を経て1996年より現職。2000年より東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程併 任。全国小水力利用推進協議会理事。専門分野は農村計画学,地域資源管理学。
主な著書に『有機性資源の利活用(改訂農村計画学)』(農業土木学会2003)、『肥料年鑑2006―第二章ライフサイクルアセスメントによる肥料の環境影響評価』(肥料協会新聞部2006)他。




小水力発電推進協議会発足

   急峻な地形を一気に流れ落ちる水を、日本はうまくシステム化してきました。雨が多く、水は山肌を縫うように流れて、扇状に張り巡らされる。こうした地形や気候を活かせば、小水力をそのシステムの中に親和的に融合させることができるのではないか、と私は考えています。

もともと、地域の特性を生かした村や町づくりが私の研究テーマです。その調査の過程で富山県南砺(なんと)市の城端(じょうはな)と大分県日田市の中津江村を訪ねました。

城端と中津江は、かつて稼動していた水車を復活させて、地域を活性化しています。城端の場合は、90年代に市民から提案された「からくり水車復元」を実行し、町おこしを試みました。歯医者さんが歯磨き指導を目的につくった歯磨き水車や曳山水車など、「水車ウォッチングロード」にはすでに40基以上が稼動し、観光客もある程度呼べるようになっています。

一方中津江は、鯛生(たいお)金山の開発時から水車による発電が行なわれていた地域。水車は20年ほど前に停止していましたが、2004年に「鯛生小水力発電所」を再生させました。この発電所は津江川の砂防ダムを利用したもので、中津江村の観光施設や村民の電力をまかない、余剰が出たときは九州電力に売って、経済的にもかなりうまく稼動しています。

こうした例を実際に見聞きし、小水力発電に希望を抱いている人たちと出会ったことから、私たちは2005年に「小水力発電推進協議会」を発足するに至りました。



揚水水車と動力水車

元来日本は、揚水水車で灌漑を行なって農業を発展させ、動力水車は穀物の精白・精米や製材、製糸などに利用して、産業の基礎を築いてきました。つまり、結果的に水がある所が生活や産業の始まりになりました。群馬県の桐生では撚糸に水車を使っていましたし、山梨県の都留や長野県の諏訪なども水車活用の良い例です。

日光では線香をつくるのに、杉の葉を搗(つ)く動力として水車を利用していました。このように、水車は日本の中に「普通の施設」として自然にあったことがわかってきました。それで小水力利用は文化的な話と関連づけていく必要があるなと思っています。

そればかりではなく、私は自然エネルギー関係の人とつき合うようになって、水車は魅力的というか、水自体を魅力的と感じるようになりました。それは、単純に作物用の水、飲み水、用水としてだけではなく、動力まで得られる資源として意味があると思ったからです。

新エネルギーとしては風力発電も注目されていますが、オランダやデンマークなど常に一定の風が吹く地帯でないと効率が悪いうえ、風車自体も日本の景色にはなじみにくいような気がしています。



9電力体制と農村電化事業

小水力発電の可能性をお話しする前に、日本の電気事情について簡単にご説明しましょう。現在、日本の電力は基本的に発電も配電も10電力会社によって行なわれていますが、かつては各地に大小の民間電力会社が点在していました。

いわゆる「9電力体制」(後に沖縄電力が加わり10電力会社に)の源には、戦争遂行のために電力事業の国家統制が望まれるようになった時代背景がありました。1938年(昭和13)には「国家総動員法」とほぼ同時に「電力管理法」や「電気事業法」が制定され、翌年にはそれに基づき国策企業の日本発送電株式会社が設立されました。電力会社は、国家プロジェクトとして日本発送電株式会社と関連する9配電会社に再編され、水力開発を進めていったのです。結局は、戦後の全国総合開発計画と結びついたこの体制が、電気事業法の大幅改正がなされ電力自由化が始まった1995年(平成7)まで続いたわけです。

一方、昭和20年代は(1945年〜)まだ電気が通っていない農村地帯が日本中に数多くありました。そこで行なわれたのが農村電化事業。農協などが発電用の水利権を取り、発電機を入れて日本の各地で農山村の電化に取り組みました。

1952 年(昭和27)に施行された「農山漁村電気導入促進法」がこの事業を後押しする形で、農村電化は一定の盛上がりをみたようです。しかし、9電力会社の配電網が農山村を広くカバーするようになり、農村電化事業はやがて下火になります。実は中国地方には今もこの事業の名残が残っています。農協などが持っている発電所がいっぱいあり、現在も電気を中国電力に売っています。すべて1000kW以下の小規模発電所ですが、中国地方全体で50カ所ほど稼動しています。

先日、西部鳥取農協が持っている発電所を1カ所見学してきました。昭和20年代の建設ですから、歴史は50年以上。川から水を取り、もう一度川に戻すときに発電する仕組みで、なかなか感動的な景観でした。



住友の特定電気事業

次に、愛媛県の新居浜にある住友共同電力の例をご紹介します。これは最近まで9電力の傘下に入らないで、農村電化事業を行なってきた例です。

そもそも住友グループは、新居浜から内陸に入った別子(べっし)山村の銅山から興りました。

1919 年(大正8)新居浜市所在の住友系工場事業場に必要な電力を確保・供給するため、住友共同電力の前身である土佐吉野川水力電気株式会社が設立されました。 1927年(昭和2)には、別子鉱業所有の端出場(はでば)、大保木(おおふき)両水力発電所、新居浜火力発電所などの自家用電気設備を譲り受け、電気供給事業を開始します。

土佐吉野川水力電気株式会社から始まった住友共同電力は、今も地元の住友グループに電力を供給しています。


※図をクリックするとPDFファイルが開きます

一方、別子山村は農村電化のために森林組合をつくり、発電所を建設・経営し、村に電力を供給していました。この別子山村森林組合は5年前まで独自に村の電力をまかない、余った分は住友共同電力に売っていました。

ところが2003年4月、別子山村は新居浜市に合併されることになり、森林組合の発電配電事業を「四国電力に組み込んでもらうか、住友共同電力にするか」という選択を迫られました。

結果として、「もともと送電線などの設備も整っており、新たな設備投資が必要ないから」という理由で、別子山村の発電配電事業は住友共同電力に引き継がれ、村は住友共同電力から電気を買うことになりました。

1995 年に、電力会社と同様に供給地域と供給責任を持つという条件の下で、電力会社以外の事業者が小売までできるよう規制改革が行なわれ、自前の発電設備と送配電設備を持つ事業者が、特定の電力需要家に直接、電気を売ることができるようになりました。これを特定電気事業といい、別子山村は、この枠内で営業しています。(上図参照)

一般家庭が電力会社から電気を買う場合、個別に需給契約書を交わす手続きは省かれていますが、別子山地区の住民は住友共同電力との個別契約を更新しながら、地元でつくった電気を買っているのです。

住友共同電力(株)の別子山発電所と小美野発電所から電力供給されている新居浜市別子山地区の山林は、住友林業が植林再生産を永久に繰り返す「保続林業」の思想に基づいて管理され「住友の森」と呼ばれている。左の写真の手前が別子中学校、奥に小学校がある。



灌漑も発電も同じ水で

別子山地区の発電施設を見て以来、私は小水力発電の可能性をますます追求したくなりました。そういう目で日本国内を見回すと、小水力発電の持つポテンシャルは非常に大きいと思います。日本にはすでに灌漑用排水路が張り巡らされ、水量を安定的にコントロールしやすいインフラが整備されていますから。

たとえば愛媛県の道前道後という灌漑システム。ここは高知県のダムから集めた水を、松山市の道前側と道後側に配っています。ダムから水を下ろしてくる箇所に発電機がいくつか入っていますが、下流部分にも落差がある。

途中で工場への給水のために水が吐きだされる地点では、30mぐらい落としていますから、ここでも充分に発電できると思います。さらに言えば、その地域ではみかん畑に水を揚げるためのポンプ場がたくさんつくられるほど落差がある地域ですから、灌漑システムで発電した電力は、この揚水ポンプにも使えるのではないでしょうか。

もちろん灌漑と発電では目的がまったく違いますし、競合する点もあります。水車を入れると淀みができますから、健全な流れが維持できないこともあるかもしれません。灌漑に比べ発電の歴史は短いので、「同じ水で灌漑も発電も一緒にしましょう」というシステムは非常に少ないのが現状です。

しかし、化石エネルギーの限界が見えた今、再生可能なエネルギーとして水力を再認識したり、新たに可能性を模索する必要に迫られているのではないか、と私は思っています。

これまで日本の基幹灌漑システムは、水は高い所から低い所に流すというやり方が常識になっていて、「10cmでも高い所には水が配れない」との基準で取水地点を選び、受益地を決めていた歴史があります。それを上で取って、下に落とすときに発電し、落とした水を先につくった電力を使ってポンプアップして田や畑に配るのです。余った電力は、他の目的に使えます。良い事例がカリフォルニアにあります。

カリフォルニアでは、サンフランシスコより南側に広がっている砂漠を、農地にする計画が持ち挙がりました。水は北側から谷に溜めたり、山を越えて供給しなければなりません。山を越える場合、日本的な灌漑水路を導入するとしたら、山を大きく迂回するか、山の裾野から長いトンネルを掘ると思います。

しかし、トンネルの掘削工事には莫大な費用がかかるため、できる限りトンネルは短いほうがいい。そこで、山の上部にトンネルを掘り、反対側で水を落とす際に発電して、その電気を水を汲み上げるのに使うという仕組みをつくったわけです。つまり、日本では水路を「灌漑水路」としてしか考えていないのに対して、ここでは「灌漑と発電のための水路」と見た。そして、導水トンネルを山の上部につくるとポンプアップするために必要な電力量が必要となるけれど、トンネルの長さは短くてすむ。両者がバランスする地点で掘削することにしたわけです。

この例は日本人の私から見れば、水路をエネルギーの路と見ている点で斬新であり、同時に「新しい発想の水利施設」として日本でも活用できるのではないか、と思っています。

別子山地区では、今なお2つのミニ水力発電施設が稼動している。71kWの別子山発電所(左)と1000kWの小美野発電所(右上下)はともに銅山川の流れに沿っている。



水車4万基のポテンシャル

2007年度から農林水産省が、小水力発電に適した農業用水を調査し始めました。1997年に制定された「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」が改正され、2008年4月から再生可能な新エネルギー開発の中に小水力発電が組み込まれることを受けての活動です。

先程言ったように、可能性を秘めている地域はいくつもあると思います。ただし、実践にあたって立ちはだかるのは水利権や送配電設備利用の問題ですね。水利権とは所有権ではなく、河川などの水を利用する権利で、農村地帯では主に土地改良区に許可されています。

土地改良区の方々は、地元の電力会社さんとの関係性を考えて「発電は採算に合わない」と思っているかもしれません。でも、ここにも発想を転換する余地があると私は思うのです。

問題となっている水利権に関して言えば、現在、土地改良区に許可されている水利権を、公共的なあらゆる用途に使える権利にすることで、解決できると考えています。送配電設備利用は、1985年(昭和60)に電電公社がNTTとして民営化したときに、公有財産であった電話線を新会社に貸し出すことで普及が促進されたのと同様のやり方を取り入れることが考えられます。

「この灌漑用水を利用して発電したい」。市町村なり公的なセクターがそう申し出たら、水の流れを乱さないことだけ担保して許可を与えればいい。実行する価値がある地域は、数多いと思います。

日本は大規模発電には優秀な技術を持っていますが、小規模発電になると技術が確立していません。大規模発電の技術は小規模発電にも応用できるのですが、需要がなかったために進んでいないのです。したがって、今、小規模発電を実現するには莫大なコストがかかります。

しかしこれも、小規模発電所をたくさんつくるという「数のスケールメリット」を活かせば改善されるでしょう。9電力会社に統合される以前、日本全国では4万基の固定式水車が稼動していました。ということは、今もこれに近い数の小水力発電ができる可能性があるわけです。毎年1000基のオーダーがあれば、マーケットとしての魅力も出るし、買電価格もかなり低くできると思います。

水力発電は初期投資が大きいことがネックといわれます。しかし、7年でリターンするといわれている太陽光発電でも、一般家庭に導入すると20年ぐらいかかる。稼働率を考えると、太陽光発電より1年中発電できる水力発電のほうが有利です。年間の稼動時間は、太陽光が約1000時間、風力が2000時間前後なのに対し、水力は5000時間以上になると思います。水力発電の1kW設備は太陽光発電の5kWに相当する、といえます。しかも、水力は安定した電力を生産できますから、他の再生可能なエネルギーとは性質そのものが違うわけです。



コラム「水力発電のまち アクアバレーつる」

山梨県都留市の市街地を流れる家中(かちゅう)川。1636年(寛永16)甲州谷城城主、秋元但馬守秦朝が3年の歳月を費やして開削し完成した人工河川だ。桂川の水を引き込み、防火をはじめ生活用水や農業用水として、日常生活に欠くことのできない水路として利用されてきた。都市化の影響で、水路は一部小学校のグラウンドの下を流れている。
人家のすぐ横を、ゴーゴーと音を立てて滝が流れ落ちる様子は圧巻。富士山の裾野として湧水が多く、傾斜もきついため、流量、落差ともに発電には充分。大きな位置エネルギーを望める、小水力発電の適地である。

写真中段は市庁舎と小学校の間に設置された水車〈元気くん1号〉。
スペック:     直径6m
最大出力20kW、平均8.8kW
落差2.1m
水量0.77〜2.00 t / s

山梨県都留市は、2005年から市街地中心部を流れる準用河川「家中川」の豊富な水量を利用して、都留市が事業者となってドイツ・ハイドロワット社製の下掛け水車〈元気くん1号〉を回している。発電した電気は市庁舎で利用され、使用量の15〜20%(金額にすると約170万円)をまかなっているそうだ。

この小水力発電が注目されているのは、地域特性を生かした「市民参加型」で実行されたところ。事業費の一部は、山梨県初の試みである市民ミニ公募債「つるのおんがえし債」でをまかなわれたが、人口3万5000人の小都市で、40人募集のところに実に161人が応募、約4倍の倍率での抽選となった。

水路つけ変え工事まで含めて事業費は約4000万円、年間の維持費は15万円ほど(ほとんどが保守管理料)。開放型水車のため、部分的な損傷は、パーツ交換ですむ。除塵機の設置によって流入したゴミが目に見えるようになり、ゴミの量が減るという思わぬ環境教育効果も上がったという。

都留市では、「都留市地域新エネルギービジョン」を2002年(平成14年)度に策定、自然エネルギーの導入を促進する一環として「小水力発電のまち アクアバレーつる」構想を進めている。

「都留市地域新エネルギービジョン」では、小水力市民発電所〈元気くん1号〉以外にも、森林バイオマス発電システムや温泉の排熱利用などといった水力以外の新エネルギーとマイクロ水力発電を組み合わて利用することにも積極的に取り組んでいる。

市庁舎に設置された〈元気くん号〉以外の場所でも実験的な発電をしているが、家中川に隣接する谷村工業高校の生徒が管理を行なっているそうだ。



エネルギー自立型からエネルギー供給型集落へ

前に挙げた別子山地区のような形態にすれば、自立して電力をまかなえる集落はたくさんあると思います。特に山間地域では、千葉大学の倉阪秀史さんが提唱する「永続地帯」(「中山間地はエネルギー先進地域」参照)のような、エネルギー自立型農村が生まれそうな気がするのです。それをさらに進めると、エネルギー自立型からエネルギー供給型農村ができるんじゃないかという感じがしてきます。

30 戸規模の集落が発電機を入れて、自分たちの電力をまかなうケースを想定してみましょう。1軒の家庭が1年間で消費する電力は、5000kWhぐらいです。ということは1軒につき1kWの発電設備でまかなえますから、30軒で30kWの発電機があればいいわけです。仮に1kW100万円として、30世帯で 3000万円集めて初期投資し、あとは維持管理のコストを見ておけば採算は取れます。

こういう集落が増えたら、不足分が出たり余ったりしたときにお互い融通し合えばいい。小さな集落がお互い融通し合うことで、自立していけることが私の描く農村の理想図です。

さらに理想を進めると、石油にまったく依存しない農村が生まれればいいと思います。

今のところ石油を使わないとできない化学肥料や合成農薬は別にして、田植え機や軽トラックも集落でつくる電気で動くようになれば、究極の自立型農村ができそうです。

すべてクリーンなエネルギーで運営し、「このキュウリは温室効果ガスをまったく排出しないでつくりました」などという農産物ができたら、魅力的だし、付加価値をつけてもいいと思いませんか?

もしかしたら「2〜3割高いキュウリでも送ってほしい」とか、「その地域のクリーンな電気を買いたい」という支援者が出てくるかもしれません。

まだこれは夢の話ですが、決して実現不可能な夢ではないと思うのです。

かつての富山では農家の9割が、10万以上の持ち運び式の螺旋水車を稼動させていたといわれています。昭和初期の水車の本があるんですが、それを見ると現在ある水車の理論がほとんど載っている。効率なども含めて、計算の原型になっているようなものがあります。そのころにはもう、海外から導入された技術も確立して、村の鍛冶屋さんがその辺りの計算までできるほどになっていたということですね。

また、水路は維持していかないと荒れたり壊れたりするので、日本の農村には水路を維持管理をする仕組みや伝統が既に備わっています。みんな自分の家の前を流れている水路の水が、どこから来るのか知っているんです。その意味では、水を地域社会の中での資源というか、ごく当たり前のもの、ごく身近なものとしてちゃんと使っていかれると思います。

ただ、大雨が降ったとき、水が水路に長く滞留すると困るため、発電には使わせたくないとか、用水として使う農業側と、動力源として使いたい産業側はよく競合しました。管理の仕方も、用水と動力とでは異なります。

一番大きな違いは、農業用水として水をたくさん使う時期は、代掻きや田植えなどせいぜい8月末までということです。それに比べて水車の場合は、できるだけ変動なく1年中を通したほうが効率は高まる。また統制される前に何万もあった水車は、ほとんどが農業用の水車です。発電用の水車は、「発電」が日本に入ってきてからわずか100何年の歴史ですので、既存の水車を発電用として転用したのではなく、最初から独自の水路と発電水車をつくったのではないかと思います。今までは「電気を起こして、灌漑も一緒にやりましょう」という水路システムはほとんどなかったわけですが、小水力利用を進めるためには、地域ごとに時期に合わせて使用水量をうまく調整することが必要になるでしょう。「水路にはゴミは流れてきてほしくない」という意識は、どちらにも共通しますしね。今は失われている「水路は地域の共有財産」という意識も、水路を用水と動力両方の資源として見ることで回復するかもしれません。

そう考えると、現在65歳以上が集落人口の過半数を占める「限界集落」と呼ばれている過疎地帯にも、価値のある水源が眠っているかもしれません。今後は逆に、そういう地域がエネルギー自立型農村としてスポットライトを浴びる可能もあるような気がします。

これまで私たちは、「エネルギー」と言われると中東の油田地帯だけに目を向けがちでしたが、もっと足元の水を見直すときがきているのです。

http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_28/no28_d01.html



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環境対策02(小水力発電)
- 2008/06/17(Tue) -
日本の風土に一番合った

自然エネルギー発電(エクセルギー発電)は

マイクロ水力発電(小水力発電)!?



永続地帯指標から見る小水力と地域づくり

中山間地はエネルギー先進地域



千葉大学法経学部総合政策学科准教授
倉阪秀史
くらさかひでふみ

1964年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。87年に環境庁に入庁し、温暖化やリサイクル、企業の環境対策、環境基本法などの施策にかかわる。その後アメリカ・メリーランド大学客員研究員を務め、98年から現職。
主な著書に『環境を守るほど経済は発展する』(朝日新聞社2002)、『エコロジカルな経済学』(筑摩書房2003)他。






現代社会が抱える諸問題を解決するために、再生可能資源を基盤とする経済社会に徐々に転換していく必要がある、と提言する倉阪秀史さん。 「永続地帯」という指標を用いて地域が持つポテンシャルを「見える化」していく過程で、小水力の潜在力に出会いました。


   
再生可能資源を基盤とする経済社会へ



※エネルギー永続地帯試算の基本的な考え方
ある「区域」において生み出される自然エネルギーの供給量と、その「区域」内のエネルギー需要量を、それぞれ推計し、前者を後者で割る。
■「区域」は、基礎自治体の単位。
■エネルギーの形態としては、まず推計が比較的容易な「電力」のみを対象とする。
■エネルギー需要の部門としては、まず「民生部門」を対象とする。民生部門は、「家庭用」と「業務用」からなる。
■自然エネルギー供給の種類としては、再生可能な自然エネルギーを推計の対象とする。太陽光発電(一般家庭、業務用)、事業用風力発電、地熱発電、小水力発電(10000kW以下の水路式に限る)、バイオマス発電(バイオマス比率100%とみなせるもの)
※画像をクリックするとPDFファイルが開きます
 

産業革命以来、経済社会は枯渇性資源を基盤として発展してきました。しかし、化石燃料をはじめとする枯渇性資源は、文字どおり百年後、二百年後には無くなってしまいます。また、大気汚染や温室効果ガスによる地球温暖化などといった問題を考えると、たとえ無くならなくても高価すぎて使えない、影響を考えると使ってはいけない、という時代がすぐそこまできています。

こうした事情を鑑みて、社会の持続可能性を確保するためには、更新性資源、言い換えれば再生可能資源を基盤とする経済社会に、徐々に転換していく必要があります。

では、どの地域が再生可能資源ベースの経済社会に近いのか。それをわかりやすくしたのが「永続地帯」という指標です(※左図参照)。

私が永続地帯という概念に注目したのは、自然エネルギーを中心とした経済社会にどのようにして変わっていくことができるか、と考えたことがきっかけです。「今すぐには無理だろう、徐々に変わっていくことしか考えられないだろう」というのは、当然のこと。

国全体で見たら、自然エネルギー(太陽光、風力、地熱、小水力、バイオマス)による発電量は民生用電力需要量の3.35%にしかすぎません。大型水力発電を入れたとしても、そんなにはいきません。

しかし、国全体で見るという視野をいったん外してみて、地域ごと、例えば離島に限って見てみたら、今でも100%自然エネルギーでやっている所があるかもしれない、と考えました。

見方を変えれば、自然エネルギー基盤の経済社会に近づいている所があるんじゃないか、そしてそれを見えるようにしていけば、みんながもっと気がついてくれるんじゃないか。さらに今、自然エネルギー基盤の経済社会に近づいている所が増えていけば、将来的に自然エネルギーを中心とした経済社会に移行していくストーリーを描けるんじゃないか、と。

ですから今、やるべきことは「見える化」です。自然エネルギー基盤の経済社会に近づいている所が見えるようになれば、世間の目もそちらに向くでしょう。

また、今後は化石燃料の安定供給に不安を抱かされるような出来事が増えるのではないでしょうか。そうなれば永続地帯の需要が一気に上昇するかもしれません。ですから、今から「見える化」をしていこう、というのが私の研究の発端です。

人はエネルギーだけで生きているわけではありませんから、永続地帯という際には、食料とエネルギーについて考えていきたいなと思っています。今回の試算ではエネルギーだけ、しかも民生用の電力だけを対象にしています。民生用といった場合には、家庭だけではなくオフィス(業務用)も入りますが、工場(工業用)、輸送用は入っていませんし、熱量も計算には入れていません。

ですから現在発表している永続地帯指標は、中間段階とお考えください。

         
        
市町村レベルで76カ所

調査の結果、思っていたよりも自然エネルギーが使われている、ということがわかりました。

予想外だったのは、都道府県レベルでみても自然エネルギーでまかなえている所があったことです。大分県の31.8%を筆頭に、秋田、富山、岩手を含めた4県が民生用の電力を2割以上自然エネルギーからまかなっていると。これはポテンシャルではなく、現状で既にまかなえている数字です。これには、かなりビックリしました。これらを全国平均にならしてしまうと3.35%という低い数字になってしまい、「こんなものかな」という予測とかなり近くなります。ところが都道府県別にバラしてみると、かなり高い数字を挙げている地域もあることがわかりました。つまり、ばらつきがあるために、平均すると低くなってしまうということです。

これを市町村レベルまで分けて考えると、76の市町村が100%自前の自然エネルギーだけで民生用の電力需要を供給しています。76の市町村の中で上位の所は1000%を越えています。

76の市町村が全国の市町村の中に占める割合は3.8%で、これもまあ、多くはないわけですけれど、こういう所が核になって、将来的に永続地帯が広がっていくというストーリーが描けるんじゃないでしょうか。



小水力発電が断然トップ

もう一つ驚いたのが、小水力発電でした。これも、どの規模までを含めるかで意見が分かれるところでしょうが、今回用いたのは国際的に小水力発電といわれている1万kW以下です。それも流れ込み式(水をダムなどで貯留しない発電形式)に限って入れてあります。

日本では1000kW以下が小水力発電といわれています。

政策的な後押しもされていない状況で、それでも日本の自然エネルギー電力の59.8%が小水力発電によってまかなわれていることがわかりました。

これは思っていた以上に、高い数字です。風力、太陽光が注目を浴びていて、設置の伸び率からいうと、そちらのほうが大きいんです。ただ、現状の発電量からいうと小水力が意外と健闘していることがわかりました。

これも都道府県別に見ていくと、小水力による発電量は富山県、長野県で多い。富山県は小水力だけで20%以上に達しています。長野はだいたい12、13%ぐらいでしょう。どちらも県の中の自然エネルギーのほとんどが小水力発電です。

このように山がちで落差が得られやすい所では、現状でもこれだけの発電量があります。このような結果を見ると、政策をちゃんとやれば、まだまだ小水力発電が伸びる余地があるんじゃないか、と考えられます。

日本の原風景を思い浮かべた場合、水車が回っている国なんですね。風車ではなく。自然エネルギーというと日本は海外に習いがちで、風車やバイオ燃料をそのまま持ってくる、という傾向があるんです。でも自然エネルギーというのは、地域や風土に応じたものを選択すべきであって、「海外でやっているから日本でも」というのは違うのではないかと思います。

この試算を踏まえながら小水力発電ということを考えますと、これまで残念ながら日本では水資源について、政策としてきちんと考えてきたのだろうか、という思いにかられます。

国土交通省には水資源部がありますが、そこで全部やっているかというと、農業用水は農林水産省、工業用水や水力発電は経済産業省、上水道は厚生労働省、河川は国土交通省というように、用途別にバラバラです。

中央官庁レベルでも、水資源に関する政策は非常に弱く、そのために水に関する統合的な政策がなかなか立てづらい状況にあったのです。




待たれる規制緩和

小水力発電を進めていくにあたり、まずやらなくてはいけないのは水利権との調整です。農業用水などにはかなりポテンシャルがあるはずなんですが、水利権がネックになっています。

大町のNPO法人地域づくり工房に見学に行っておわかりになったと思いますが、(「ミニ発電でくるくる地域づくり」参照)まともに許可を取ろうとしたらダム1基つくるのと同じような申請書が要求されます。

水を汚すわけでもなく、蒸発させるわけでもなく、少しだけ水を動かして利用するだけなのに、上流下流の同意を得た上に、あれだけの申請書類を用意しなくてはならないというのは馬鹿げています。これには規制緩和などの制度的な後押しが不可欠です。

制度的な後押しをやった上で、次にやらなければいけないのは、地方できちんと考える筋道をつくることです。エネルギー政策の地方分権を進めていくべきだ、と思います。

小水力発電をたくさん入れるということは、実は地域を強くすることにつながります。地域固有のエネルギー源を増やすということは、将来的に地域の持続可能性を高めて、地域に住むことへの安心感を増やしていく政策なんです。

具体的にいうと、エネルギー特別会計を地方分権しないといけません。エネルギー特別会計の半分ぐらいを地方に渡し、自らの発案でそれを使えるようにしていく必要があります。

また、現在は補助金がエネルギー種ごとになっていますが、それでは各地方ごとにニーズに合ったエネルギーを選択できません。特に小水力には補助金のような政策はありませんから、地方が補助金のリストを見て自然エネルギーを選択した場合、選択肢の中から小水力発電が抜けてしまう恐れがあります。実際のポテンシャルは高く、設置コストも安くなっているのに、小水力発電が選び取られない可能性が高いのです。

昨今の石油価格高騰で、自然エネルギー以外の火力や原子力発電では燃料代などのコストが上がっています。しかし水力は燃料代はいらないですから、それで試算し直すと、自然エネルギーの中でも水力が一番コストが安くなるはずです。しかもダムをつくらないですむ小水力発電というのは、実際に経済的にも一番お得になっているのです。

ところが、政策的にも視野におかれていないために地方のほうも気がつかないし、中央のほうも立て割り行政があって、なかなか推進していかないというのが現状です。

こういう状況というのは、いわば制度の問題ですね。制度を変えていって、地方が自分の判断で風土に適した自然エネルギーを提案して、エネルギー特別会計のお金を使えるようにする。そのための制度化が不可欠です。

もちろん、規制緩和の問題もあります。

RPS 法(電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法:Renewables PortfolioStandard<再生可能エネルギー利用割合基準>)に入れていく、というのも有効な手段です。RPS法というのは電力会社に対して一定の割合で風力や太陽光などの新エネルギーの導入を義務づけた法律です。

しかし、その一定割合がそもそも小さい上に、小水力を1000kW以下と定義するかどうか、コンセンサスが取れずにいるような段階なので、使用すべき自然エネルギーの中に組み込まれてすらいないという状態です。

日本には急峻な山岳地帯があって、豊富な雨量があります。しかも、農業用水路という形で、水路が大変整備されています。それを使えるように水利権の調整をしなくてはいけませんね。

小水力発電の利用は、地域が自然エネルギー基盤の経済社会に移行していく呼び水にもなっていくと思います。



日本の理論包蔵水力に見るポテンシャル


永続地帯という観点で見てみましょう。

繰り返しになりますが、自然エネルギー発電は、民生用の電力使用量の3.35%をまかなっています。そのうち小水力発電は59.8%。つまり日本の自然エネルギー発電の6割を、1万kW以下の小水力発電で、すでにまかなっている、ということになります。

戦後直後、「日本は水力でやっていくんだ」と思っていた時期がありますね。資源調査会が『日本のエネルギー資源』という調査報告書を出していますが、それを見ると日本のエネルギー資源は水力だ、といっています。急峻な地形と豊富な降雨量という条件を備えた日本においては、エネルギーは水力でまかなっていくべきだ、と書いています。

これを受けて「ダムをつくろう」という動きが起こりました。多目的ダム法をつくり、いろいろな用途を重ね合わせることによってお金を集めてきて「ダムをつくろう」というものです。
   
 
工藤宏規編『日本の理論包蔵水力』(東洋経済新報社1958)
日本の川がどれくらいのポテンシャルを持ち、どの程度の水力発電ができるかを推計したもの。工藤宏規さんは、戦後の資源調査会主要メンバー。
※右図をクリックするとPDFファイルが開きます
       

そのときに工藤宏規さん(上図参照)という人が日本の理論包蔵水力を計算しています。今も推計式を変えてアップデートされています。工藤さんは、日本の利用可能包蔵水力を水系ごとに河川を6段階の落差をつけて利用することとして算出し、それらを足し合わせて日本全体の包蔵水力を出しています。その数字が、 2003年の民生用電力使用量の65%をまかなえるだけのエネルギー量になっているのです。

ちなみに現在、経済産業省や資源エネルギー庁が出している包蔵水力はダムを念頭に置いています。

河川の持っている運動エネルギーのポテンシャルは時間が経ってもあまり変わらないはずです。小水力発電は落差を細かく利用していく技術ですので、全面的に導入できれば、工藤さんの試算以上に発電量が得られる可能性があります。

日本にはせっかくこれだけ条件が整っているのですから、理論上の包蔵水力をいかにして引き出すのか、ということを考える必要があります。

永続地帯という概念でエネルギーに着目して調べてみた結果、こういうポテンシャルがあるということがわかりました。ですから政策的に支援するように、制度を整えていってほしいですね。



自然エネルギーは分散型

そのインセンティヴとして、いつまで化石燃料がもつか、という問題もあると思うんです。しかし無くなることはないとしても、安く使える石油が無くなるのは確実です。天然ガスの埋蔵量は石油とだいたい変わらないといわれていますが、石油と比べて使い始めたのが30年遅かったので、使えなくなるのは一世代後になるでしょう。それだって、いずれは使えなくなります。

それでも残る石炭は炭素の塊ですから、CO2排出の側面からいって、とても使えません。今後はCO2排出の問題が重視されていきますから、化石燃料でも水素分を燃やすようになっていくと思います。

化石燃料から自然エネルギーに移行する中間形態としては、水素分の多い燃料から水素だけを取り出して使う、という方法が取られるでしょう。

ヨーロッパでは、EUで2020年までに自然エネルギー利用を2割にしよう、と言っています。

太陽光とバイオマスというのは、ピークカット効果を持っているエネルギーなんです。太陽光は、夏のエネルギー消費期に照りつける日光でエネルギー効率が高まり、電力消費のピークカット効果が見込めます。反対にバイオマスは、冬の電力消費期にピークカット効果を持つというエネルギー源です。一方、水は絶えず流れていますし、風もどこかで止まっていてもどこかで吹いているものですから、安定しており、ベースラインの電源として利用できます。こういう自然エネルギーはうまく組合わせて使うことが大切だと思います。

自然エネルギーというのは分散して出てくるエネルギーです。しかも、それぞれの地域でつかまえていかなくてはならない。従来いわれてきたスケールメリットの対極のような発想なんです。

つまり、単体での発電規模が大きくなるほど単位あたりの発電コストが少なくなるというのではなく、小規模でも多数の発電所を分散させたほうが社会的な発電コストは低くなるというもの。工藤宏規さんが算出した数字も、細かく細かく拾って足していくとこれだけになるよ、というもので、スケールメリットでは語れないものがあります。

そこには「利潤」だけではつかまえられない何かがある。地域の持続可能性とか地域的な価値は、利潤だけからは説明できないのです。ですから「地域のお金を箱物や道路をつくることにばかり費やすのではなくて、地域をずっと支えるようなインフラとして小水力発電を導入しようじゃないか」というように、地域で決定することに意味があるんです。

今後は、コミュニティビジネスのように、いくつもの小規模な企業が、それほど儲けを追求しないけれど持続していくような方向で地域になにがしかの利潤を落とすような、また地域に喜びをもたらすような展開が望まれるのではないでしょうか。

これからは、よりたくさんの利潤を追求していこう、というようなスケールメリットを志向する大企業的な経済行動からは出てこない、小資本で少ない利益でも、それをいくつもまとめて持続させるような企業者の発想に、お金が回っていくように誘導する制度に変えていく必要があります。

ですから誰が意思決定していくのか、という点から変えていく必要があるのです。自然エネルギー利用に関して資源エネルギー庁が意思決定していたんでは、せいぜいが3%止まりでしょう。意思決定の主体を地方分権して、多様な小規模エネルギー需要や用途ニーズに応えられるように、お金を使う権限もそちらのほうに委譲しないとダメですよ、ということなんです。



自給自足とは違う



戦後の電源別発電量の推移
東京電力の自社発電量。『関東の電気事業と東京電力』より作成

よく勘違いされるのですが、永続地帯というと自給自足をして域外とは取り引きをしなくて済むような形態を目指している、というイメージを抱く人がいます。このことは一番最初の段階から懸念していたことです。将来的に考えれば、化石燃料が枯渇した場合に、エネルギー供給を自給自足で考えなくてはならないときがくるかもしれませんが、永続地帯というのは、決して自給自足をいうのではありません。エネルギーでもグリッド(送電網)につないで余った分を売っても構わないし、食料を都会に売っても構わない。計算上まかなえればいいんです。

そのことを「見える」ようにしたのが、永続地帯の概念だと理解してください。域内で完結しなさい、という考えではないということです。

また現状の生活レベルを落とせ、と言っているわけでもありません。例えば、今すぐに日本全体が永続地帯になりなさい、と言ったら、今の生活レベルを落とさざるを得ないかもしれません。しかし、そんなことは言っていません。風車の1本も立てたらすぐに永続地帯になれる地域がありますよ、やってみたらどうですか、という考え方なのです。

こういうことを知ることで、地方が勇気づけられたらいい、というのが永続地帯指標の究極の目的です。そして、そういう元気な地方が増えていけば、自然エネルギーを中心とした経済社会に移行しやすくなる。

都会には都会のやり方があって、例えば自然エネルギー証書かなんかをつくって、永続地帯をサポートする側に回るとか、やり方はいろいろあると思うんです。決して地方は良くて都会は悪者、という図式ではない。今は都会で化石燃料を使って生活しているけれど、心は永続地帯にあって、将来は永続地帯に移住できる権利を買う、とか、いろいろな発想に転換できると思うんですよ。

イギリスの経済史家のE・リグリーという人が「産業革命には、実は 2つの経済があった」というんです。高度有機経済が前段階で、途中から化石燃料が入ってきた。それで鉱物資源基盤のエネルギー経済に変わっていった。そのために高度有機経済の技術というのは、そこでストップしてしまいます。

リグリーはまた、「江戸時代というのは、高度有機経済がもっとも発達した形態である」と言っています。これからは、そちらのほうでの経済発展をしていくことが重要ではないか、と言っているんですね。



地域が持つポテンシャルを「見える化」

良質な電気を安定的に供給しなければならない、という供給責任も、自然エネルギーの導入を阻んでいる一要因ですね。一般用の電力は、たまに停電ぐらいするものだ、という制度にすればもっと自然エネルギー発電が進むと思います。

グリッド全部に良質な電気を安定的に供給する、そのために粗雑な電気は入れない、という発想を変えていく必要がありますね。

もちろん工業用や医療設備では停電したら困りますが、それらは非常用の別電源を用意しておけば済むのですから。用途別に選択肢が増え、バッテリーが発達すれば停電しても問題が起きないようになるかもしれません。

一年のうちの最大時の使用量をまかなえるところを標準にするのには、もはや無理があります。時代は、スケールメリットを追求するのとは違う方向に進んでいるのですしね。

環境問題というと、よく経済を停滞させるとして、経済発展と対立して考えられることがあります。

しかし、消費者は不要物をたくさん出すことに幸せを感じているわけではありません。商品が便利で、効用があり、満足感が豊かに得られることに幸せを感じているのです。ですから、重さや体積で測られる「物」の量を増やすのではなく、満足感や効用の大きさで測る「サービス」の量を大きくすることで経済を発展させることは、環境を守ることと矛盾しないはずです。

再生可能資源を基盤とする経済社会への移行をうながすために、永続地帯指標という概念を提案したのも、地域が従来持っているポテンシャルを「見える化」して引き出すためです。

永続地帯指標で見ると、日本の市町村には、高いポテンシャルが見出せました。その中でも、小水力の持つ包蔵力を知り、可能性を確信しています。

ですから、今は限界集落とか言われている中山間地に、どんどん小水力発電を導入して、その電力を売ってお金を得る、と。そうすることで新たな形の第一次産業を興していくことも重要だと思います。小水力であれば、バイオエネルギーと違って食糧生産ともバッティングしませんし。

現在、過疎地帯と呼ばれている中山間地が、もっとも先進的な永続地帯となる日が、いつか必ずくると考えています。

http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_28/no28_a01.html




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