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基礎工事 2
- 2008/07/29(Tue) -
更地に家の形が見えてくるようです。

まだ・・・平面の枠組みの状態ですが・・・
自分なりに図面をのっけて・・・想像するだけですが・・・

なかなか・・・楽しいものであります♪


 

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基礎工事
- 2008/07/27(Sun) -
猛暑の中・・・基礎工事を二戸サン達が汗だくで頑張ってくれています。
この、暑さの中で熱中症も心配されますが・・・
水分補給の飲み物だけは、用意してます。

 

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地鎮祭です
- 2008/07/11(Fri) -

地鎮祭01

地鎮祭02



天気に恵まれ・・・晴天の中・・・無事、地鎮祭を終了いたしました。

 

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蛇口の水が止まった時(小林郁雄)
- 2008/07/09(Wed) -


阪神淡路大震災 蛇口の水が止まった時 小林郁雄

 1995 年(平成7年)1月17日から7年余りが経過しました。この日早朝に起きた阪神淡路大震災は6千数百名の死者、3万5千名の負傷者、20万戸の倒壊家屋と いう大惨事となりました。日頃はあるのがあたりまえと思っていた水道も大きな被害を受け、その日から水は「出るもの」ではなく「獲得する」ものに変わりま した。当初から復興のまちづくりに力を注いできた小林郁雄さんに、暮らしのライフラインとしての水道のあり方についてお話をうかがいました。

 


水で本当に困ったこと

  震災直後、水で本当に困ったのは消防。防火用水は30分ぐらいしかもたなかったので、それ以外の所は初期消火ができずに手遅れになりました。火事と言えば 長田地区辺りがクローズアップされていますが、面積当たりの発火件数はどこもそれほど差はありません。ぼやの内に消すことができたか、燃え広がらなかった かどうかの相違です。結構、消さずに避難している人も多かった。地震が起きたのは早朝。いったんは逃げて、自分の知らない間にだんだん燃えてきて、お昼頃 に帰ってみたら家が焼けていたという話がたくさんあります。火事は消防署が消してくれると基本的には住民は思っていますからね。自分たちで消していれば消 えていたものも、結構ありますよ。トータルとして見れば、使える水や消防力以上に消火できない火災が発生したということですが、実際にかけつけた消防車は そんなことはわかりません。そんなことは、今だからこそわかるわけで、災害が起きた当初はわからないです。

 一口に被 災者と言っても多様で、条件もいろいろでしたから一般論は言えませんが、うちは自宅が集合住宅でしたので、断水してもとりあえずはタンクに1杯分の水はあ る。蛇口をひねれば、まだ出るわけです。すぐに蛇口が止まったわけではありません。自分のうちの風呂桶1杯分は確保したい、と思われた人もいるでしょう が、「はしたないことはやめとこ」と思ってうちではやりませんでした。飲み水は誰も心配していなかったですね。飲み水はビールもある(笑)。というのは冗 談にしても、自動販売機もコンビニもありましたので。水が心配で、コンビニに買いに走った人も当初からいたようです。

 


予測がつかない飲み水

  地震が起きた時点では何日水道が止まるのか、予測がつかないわけです。だからすぐに危機感がわかない代わりに、逆に不安感もある。「1週間はもつかな」と か「3日ぐらいで出る」とか言っていました。いつごろ復旧したかと言うと、うーん意外と忘れてしまうものですねえ。ああ、4月17日に復旧しています。結 局復旧までに3ヶ月かかりました。ただ、これは全体復旧ですから、おおよその地域の断水期間は1ヶ月程度でしょう。それに対し、電気は早かった。私のとこ ろは、その日の夕方にはテレビを見ていたと記憶しています。給水車も、来たのは1週間ほどたってからですね。全国の水道局から来ていました。

  実際に水に困り始めたのは2、3日たってから。洗濯、風呂などのいわゆる雑用水で、飲み水ではありませんでした。一般的には水洗トイレが一番大変だったよ うです。私の事務所の場合には井戸水が使えるトイレが利用できたのでそれほどでもありませんでした。ただ、水量はそう多くなかった。1日使うと次の日は溜 まるまで出ないとかいうこともありましたね。ただ、電気がこないとポンプは動かない。そこがネックになりました。

 風 呂の水が残っているとトイレの水も、小便をしても流さないようにして大体2日間はしのげます。家族3人の規模での話です。2日でなくなると、あとは、水を たずねて何千里。あるところにはあるのです。どこからともなく「神戸大学には井戸がある」とか、噂や伝言で情報が回ってくる。ああいう時は、本当にクチコ ミの力がすごい力を持っていて、とても早く伝わるんです。そこにはバケツで汲みに行ったけれど、2回くらいで出なくなりましたね。近所の崖の下に、地震の 影響か湧き水が出ていて、2〜3分でバケツ1杯溜まる。そこは1週間くらい通いました。

 川の水も利用されていまし た。新神戸駅前の新生田川や、都賀川で洗濯をしていた人も見かけましたよ。しかし洗濯や汚れた食器を洗うための水としては、川の水は濁っていますから、も うすこしきれいな水が欲しくなる。トイレはともかくとして、水質が気になってくるんですよ。結局、飲み水は、給水車の水や煮沸した井戸水を飲んでいまし た。洗い物の水と合わせて、ポリタンク2 つくらいを1日に使いましたね。

 地震が起きて1週間後に、明石に住んでた 妹の家に風呂に入りに行きました。明石はほとんど被害がないし、六甲山の裏も何ともない。大阪も大丈夫。僕らは必死の思いで西宮まで歩いて行って、電車で 梅田に着いたとたん普通の町の普通の生活があったのでびっくりしたことを覚えています。明石や大阪に行けば水も普通にあって風呂にも入れるのに、なぜか神 戸を離れられなかったのは、今冷静に考えると不思議です。まあ、私は仕事柄離れられなかったわけですが。


いつのまにか生まれる秩序

 水をどうやって上の階に運ぶかは、みなさんとても苦労されたようですが、子どもがずいぶんと手伝いましたね。バケツではこけますから、水を運ぶのに はポリタンクを使うのがいい。でもポリタンクは普通の家にありませんし、あっても灯油用。そこで、ビニール袋をダンボールの内側に入れて水容器にするとい う知恵が生まれました。これが、お父さんと子どもがする最初の仕事でした。ここまではいいが、実際に水を運ぶのが大変なんですよ。

  特に高層住宅に住んでいる人。電気が復旧してもエレベーターは点検の都合上止めていたところが多かった。このような住宅で、7〜8階に住んでいるおじいさ ん、おばあさんしかいない世帯には、下の階の若い子どもが水を運んでいましたね。こういうときには金持ちも学者も関係ありませんから「自分の水は自分で運 べ」ですが、お年寄りなどへの配慮はしっかりあったようです。でも、これで腰を痛めた人も多いようです。別に日頃から隣同士でつきあいがそんなにあるわけ ではないのです。ただ、こういう時だから、助け合わねばならんなということですよ。

 「震災ユートピア」という言葉 を、ご存じですか。無差別、平等。お金があっても役に立たない。物も売っていないから、3ヶ月くらいは被災地の中ではほとんどお金はいりませんでした。お なかがすいても避難所になっている小学校や公園に行けば、炊き出しがある。救援物資もきますし、交通機関もない。ですから、その間は、お互いに譲り合うと か、助け合うとかいうことがごく普通であったわけです。

 信号もついていませんからね。そのまま交差点に突っ込んでいけばぶつかりますから、車もお互いに譲り合う。不思議なことに、きちんとルールができてくるんですよ。「相手のことを思いやらんと、はじまらん」ということです。

 


震災文化としてのまちづくり協議会

  震災復興を住民参加のまちづくり協議会で行おうと、私たち仲間で立ち上げたのが「阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク」です。『きんもくせい』 というニュースを、被災して約3週間後の2月10日から2 週間に1回出していました。復興の現場で誰が何をして、それに対しコンサルタントやプランナーがどのような協力をしたかなど、職業上知り得たことですから 本来は外に出せません。ただ、そういうことを言っていられる状況ではなかった。他の地区でも初めての事態に直面していることがたくさんあり、各地区のまち づくり協議会が協議会毎にそういうニュースを発信していました。そこで、これらを全部まとめて知らせることにしたのです。『きんもくせい』は、1997年 (平成9年)の8月27日に50号をもって終刊しました。震災以前からまちづくり協議会が機能していて、仲良く日常的な活動をしていた地域は、震災直後か ら救出支援復旧活動が始まり、秩序だった復興まちづくりが行われましたね。

 われわれも関東大震災を記録としては知っ ていましたが、いざ大震災に対応しようとなると何一つ役に立たない「知識」でしかありませんでした。記録を知る知識ではなく、身に付いた「文化」として位 置づけなければ忘れてしまいます。病気になる前に病気の用意をしておくほど人間は余裕があるわけではない。だから、文化として見にしみこませることが大事 というわけです。それが震災文化、非常時システムの日常化で、まちづくり協議会はそのような役割を果たしたと思います。

やっかいなものを面倒みなくては

---震災後、ライフラインとしての水道について、見方は変わりましたか。

  見えない巨大システムは危険ということですね。自分たちが「見えて」「制御可能なもの」でないと、なんぼ整備しても壊れる時は壊れます。思いもかけないこ とが起こるのが災害で、想像がつく範囲内での危機管理は災害対策とは言わないですよ。銭湯は井戸水を使っていますし、ガスではなく重油や薪が燃料ですか ら、早いところでは1週間くらいで営業を始めていました。このことは、上水道、ガス、電気という通常のライフラインだけに頼らなかったところが災害に強 かったということの証しでもあります。

 水道も大規模なシステムで対応しようとするのではなく、小規模で分散した形で 対応することが望ましいと思いますね。住民それぞれの自律生活圏の単位で。コンパクトタウンともいいますが、小規模分散自律生活圏の多重ネットワーク社 会。ものごとは小規模に分散して「自分で面倒をみることのできる単位」にないといけない、ということです。震災復興のキーワードは、「自律と連帯」です。 自律と連帯はコインの表裏で同じことです。自律だけしてもしょうがないし、連帯もそれぞれがきちんと自律としているから連帯の意味がある。

  水道も、巨大システムとして作るのではなく、それぞれの地域で水路を管理できるようにするとよいでしょう。サスティナブルを目的とするならば、水源も無理 に統合することはないでしょうね。水道も井戸も川も共存していていい。震災後、居住者はそういうコンパクトタウンが重要だという考え方になっていると思い ます。それぞれの単位がちゃんとしないと、誰も面倒見てくれないということ。コンパクトタウンの中で、水をどう位置づけるかは課題ですね。

  例えば、兵庫区の松本地区では「火事の時に水があったら」というつぶやきから、路の脇にせせらぎを造り、高度下水処理水を放流しています。流しっぱなしで す。富栄養化で1 週間に1回ぐらい掃除しないと藻だらけになってしまう。でも、「やっかいなものを背負い込まなくては始まらない。掃除できないくらいなら、やめてしまえ」 と、まちづくり協議会の会長は言っています。「掃除するお蔭でみんな仲良くなれるし、毎日顔合わせるからおじいさんも元気になる。これが災害の時の連帯の もとだ」と。掃除ができないなら、せめて応援や声援だけでもしてくれと言っています。まちづくりとは、本来そういうものだと思います。

「水」

20日以上が過ぎて思うこと

 2月4日(土)は立春。この日の夕方、待望の「水」が出た。毎朝台所にたつ時、出ないとわかっていても、一番最初に水道の栓をひねるのが日課になっていた。その日もやっぱり出なかったので「ああ今日もまだか」ともはやちょっと慣れっこになってしまっていた。
 
電話と電気が3日目(1月19日)にほぼ同時に使えるようになり、それから2週間「水」をどうやって工面するかがそれぞれのお家の一大事だった。
 
朝晩顔を洗った後の水、食事の後の最後のすすぎ洗いの残りの水、洗濯(手でする)のすすぎの最後の水などは、トイレに使うためバケツにためて取っておき、節約を心掛けた。
 
最 初は給水車や給水場所がなかなか分からず、いろんな人が道で行き交うたびに情報を分け合い、延々と歩きそれでもとうとう「水」にたどり着けず、新神戸の南 側の噴水の水を汲んだことがあった。家の近くではわき水があると教えてくださった方があり、何度か汲んで風呂桶をいっぱいにしたこともあった。事務所の近 くに給水車が来てくれるなり分けてもらうようになってしばらくしてその給水車は久留米のナンバープレートなのにやっと気づいた。「いつまでいらっしゃるの か」と聞いたら、「2月17日までです。」とおっしゃった。本当に頭が下がる。
 
地 震の前は水洗トイレの水が一回にいったいどのくらい必要なのかなどということは全く考えたことがなかった。今回そのたびに「水」を汲む必要にせまられては じめてバケツ一杯が一回に流れてしまう量とわかった。用を足した後レバーをひねり、せっかく一杯にしたタンクの「水」が一挙に流れてしまうのを見ながら、 なんともいえない気分になった。
「飲み水」は ペットボトルの2リットルが5本あった。昨年夏の水不足の折りに買い置いた6本入りの箱が1本使っただけで健在だったので助かった。5本あるといっても、 不安がつのり、1日目(1月17日)2日目(1月18日)は開いているお店で「水」や「お茶」のボトルを探したけれど、ほとんどなく『まぁいいか。5 本あるからなんとかなるわ』と2人とものんきにかまえていた。あれから半月、あのまま「水」を調達できなかったらどうなっていたかわからない。幸い友人た ちが「水」を届けてくださったり、夫の事務所の「水」が1月最後の日曜日(1月29日)に出て事なきを得たようなことだった。
 
今後、復興が進み、日常がよみがえるとこんなに苦労した「水」のことも忘れてしまうかもしれない。人間が生きていけるのは、苦しいことやつらいことを忘れられるからと聞いたことがある。でもしばらくでも忘れないでいよう。
 
たくさんの方たちに分けてもらった「水」のこと、苦労して使った「水」のこと、流れる音があんなにさみしい音と気づいた「水」のこと、そしてみんなで「水」の情報を分け合って凌いだことを。

1995年2月4日(土)
まちづくり会社コー・プラン
天川佳美



http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_12/no12_c01.html


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水みちと会話する(神谷 博)
- 2008/07/07(Mon) -



水道と会話する地図の下の探検フィールド


 

水みち研究と水みちマップ

---神谷さんが、水みちの研究とかかわってこられたいきさつを教えてください。

  全長20km ほどの野川という川とかかわったことがきっかけです。野川は、武蔵野台地の国分寺市に源を発し、世田谷区の二子玉川で多摩川に注ぐ小さな川です。高度経済 成長期を経て汚染の進んだ野川を清流に甦らせようという、野川の湧水保全運動に、大学時代からかかわってきたので、もう28年ほどになります。

  ほかの川も同じような状態にあったのに、なぜ野川にだけみんなが注目したか不思議に思われるでしょう。その理由は明け方の一瞬、野川がかつての清流を取り 戻すことにありました。それは、なぜか。野川は崖線湧水を数多く持った川で、涸れていない湧水がたくさんあったからです。国分寺、小金井、三鷹、調布、狛 江、世田谷と続く高さ10〜15mの崖線(国分寺崖線。ハケとも呼ばれる)に沿って、いくつもの泉が湧いています。野川にはそれらの泉が流れ込むという、 ほかの川にはない魅力があり、それに愛着を持った地元の人たちが清流を甦らせようと努力したのです。湧水を中心に育まれた文化や環境は、単なる湧水と区別 して「湧泉」と呼びます。野川の周辺には、まさに湧泉と呼ぶにふさわしい、文化的な環境が育まれていました。

  1974年(昭和49年)に、仙川分水路という計画が持ち上がりました。地下河川を造って、野川と仙川を結ぶという計画です。このときの工事で出た湧水を 川に捨てていたのを見て、ある子どもが「あの水を使って野川で魚釣りがしたい」と言い出したんです。当時の野川はドブ川のように汚れていましたから、捨て られた湧水を見て「きれいな水なのにもったいない」と思ったのでしょう。そこで大人たちが川を土嚢でせき止め釣り堀を作って、みんなで釣りをしました。川 の中にわざわざ釣り堀を作って釣りをする、というのは、汚染が進んだ都会の川のシンボリックな状況だったのです。

 こ れが「わんぱく夏まつり」の始まりで1975年のことです。野川公園のサンクチュアリーもこのころの湧水保全から始まりました。わんぱく夏まつりのジュニ アリーダーも育ち、今では自分の子どもとやって来るようになっています。現在では仙川も野川も下水道が完備して、ずいぶんきれいになりました。住民の環境 への配慮も以前よりは良くなっています。しかし、どんなに川がきれいになっても、湧水が涸れたら野川は干上がってしまうのです。水のない川は、川ではあり ませんから。そこで湧水の先の水のことをもっと知ろう、と「水みち」を探るべく井戸の調査活動が始まりました。



見える水、見えない水

---「水みち」という言葉は、今では一般にも用語として定着した感がありますが、始められた当初はどうだったのでしょうか。

  学問的に定義された言葉ではなかったのですが、井戸を使っている人たちの間では、経験的に使われてきた言葉です。「水脈」は広域に広がる地下水の流れや、 深さごとに異なる地下水の層のことを指しますが、「水みち」は、浅層の地下水、しかも局所的な現象としての流れをとらえています。

  当初は、あたかも地下に川が流れているような印象を受け、誤解を招く恐れがあるという指摘もありました。「水辺」という言葉でさえ、珍しかった時代ですか らね。それぐらい、水は人々の生活からかけ離れた存在になってしまっていたのです。しかし、水みちという言葉が湧水や井戸保全の手がかりとすることを目的 として取り上げられ、使われる機会が増えたことで認知度も増し、結果的には良かったように思います。調査の途中で水みち流について研究している農業工学研 究所の小前隆美さんと出会うこともでき、これまでの調査研究の内容が的外れではなかったと一安心しました。

 1988 年(昭和63年)にスタートした水みち調査は、国分寺、小金井、調布地区から始められ、狛江、三鷹、世田谷の野川流域と、国立の矢川流域、府中と8地区に 広がりました。この間10年ぐらいの時間をかけて、井戸の所有者などに、水みちについての聞き取り調査を重ねてきました。この聞き取り調査は水みちだけに 留まらず、井戸をめぐる暮らしの現状を聞くことでもありました。相続に伴う建て替えや売却、井戸堀り職人さんの減少、暮らし方のスタイルの変化など、生活 とのかかわりを抜きにしては語れないことばかりで、ときには長時間にわたることもあります。

 このような聞き取りは子 どもではなかなか難しく、大人が中心となって行ないました。しかし、井戸を子どもたちに見せると、水が出るという驚きだけで、充分に大切さは伝わったと思 います。本来、見えないものを探って認知していく作業は、どの世代の人間にとっても楽しいことです。普通の地図の下に隠された水みちを探って水みちマップ を作ったことは、まさに見えない世界を見えるようにする作業だったわけです。

 8つの地域で行われた聴き取り調査は、 水みちマップとしてまとめられました。水みちを地図化すると言っても、調査した井戸の数は全体の半分から三分の一程度です。点でしかない情報をつないで、 水みちを完全に解き明かすことは不可能ですが、一つひとつの井戸で調べた水の流れは、確信度の差こそあれ描くことができました。1・流れの方向、2・水量 (涸れるかどうか)、3・掘られた年代、4・飲用等の用途、といった項目についての表現方法を決め、地図上に記入してできたのが、それぞれの地域の水みち マップです。そして、それが1 枚の地図に集約されて、野川全域の地図になりました。

 井戸分布の他に、湧水の位置、河川、用水、低地、崖線を基礎情報として記入しました。また等高線で表現しきれない微高地を、用水の位置で示すことにしたほか、国分寺と小金井では市が行った地下水調査の結果を、了解を得て反映させています。





水みちが生かされていた、江戸の都市計画

 井戸の所有者が聞き取り調査に協力してくれるというのは、「いい井戸ですね」という言葉が聞きたいからという面もあります。水質の良し悪しにも関心があ ります。つまり井戸と一緒に暮らしている快適さと井戸の大切さを、伝えたいという気持ちがあるのです。だからこちらも通り一遍の話だけで終わらせたら、失 礼だと思いますよ。長年使い続けてこられた人の知恵を、学ぶべきです。

 水みちマップを作っていて、つくづく感じたの は先人の偉大さですね。野川の流域は武蔵野台地の縁辺ですが、縄文時代から水の文化の中心地だったのです。ところが江戸幕府は玉川上水を開削して、羽村か ら江戸城まで武蔵野台地の尾根に、絶妙に水を引っ張っていった。甲州街道も自噴井に沿ってできた道で、昔の人は今よりずっと水と地形、地理に精通していた ことがわかります。

 どこに玉川上水とその分水を引いたかということは、水みちマップを広げると、納得がいきます。水 みちは地下を侵食し、わずかな地盤沈下を起こし、微地形を作ります。その微地形は、どこに分水網を引いたかによっても読み取れるんです。玉川上水というの は、実にエコロジカルな計画だったんですね。地形や水の入手など、かつては兵法で当たり前の知識であったことが、逆に今では忘れられているような気がしま す。

 1991年(平成3年)の秋は異常に降雨量が多かった年ですが、10月にJR武蔵野線の新小平駅で地下水の噴出 による水没事故が起きたのを覚えていますか?これは武蔵野線の貨物線が地下区間となっている部分で水みちを遮っていたために起こったと考えられます。伏流 水系の水みちに沿って稀にですが野水が走ることは、これまでの研究からも知られており、このような知識が土木工事の際に生かされないということが、現代の 都市開発の欠陥だと思います。

 今までの都市計画は、どちらかというと自然環境を食いつぶすようなものが主流でした。 これからは、自然と人間の暮らしとの豊かな関係性を取り戻すことに力を注ぐべきでしょう。開発の理念が問われるようになり、都市を維持していく手段を本気 で考えなくてはいけないと思います。そのためには、まず足元の水をどう維持するかを、真っ先に考えていかなくてはなりませんね。



災害対策としての井戸や雨水
 東京都は、地下水の汲み上げは地盤沈下につながると規制してきたのですが、1995年の(平成7年)阪神淡路大震災を契機に災害用に限って大型井戸 の掘削を認めるようになりました。一方、生活用水の確保は区市町村レベルの問題ですが、規制を強めています。国分寺市では1989年から3年間かけて、市 の西側半分に10カ所の手押しポンプ式の井戸を設置しました。そのうち2カ所では、近隣の住民が毎月一回井戸端会議と称して集まり、水質検査や周辺の清掃 を行っています。

 練馬区の場合は、災害時に飲料水として利用できる深井戸が23本あります。またそれとは別に、生活 用水として用いる目的で「ミニ防災井戸」と呼ぶ浅井戸505本(1989年3月時点)の所有者である市民と区が協定を結んでいます。1996年度からは小 中学校103校で、井戸の新設工事を行いました。

 世田谷区では、公共施設に用意されている井戸は14本。この他に区民が所有する2184本の井戸を(1997年4月時点)震災時指定井戸として登録しています。練馬も世田谷も、登録された井戸の維持管理を、区が一定条件の範囲で補助するというシステムをとっています。

  もう一つ忘れてならないのは、雨水です。沖縄や三宅島などでは雨水を大切に使っており、災害時にも心強い存在となっています。三宅の人たちは雨水タンクを 井戸と呼んでいるほどです。一元的なライフラインに頼ってきた私たちの生活も、発想の転換が迫られているということです。

 ドイツにエコ住宅の見学に行ったときのことですが、基礎の一部を連続させずに切り取ってあるという。「どうしてなのか」と聞くと、「ここには水みちが通っているからだ」と当たり前のように言うんですよ。これには参りましたね。考え方がまったく違う。

 もちろんドイツなどヨーロッパの場合は、日本とは違った事情があって、主たる河川が国際河川ですから、国防上の問題としても、水源を一元化するというのは危険なわけです。ライフラインとしての水道が、自国の都合ばかりで管理できないんですよ。

 


わんぱく夏まつり

---野川のわんぱく夏まつりは、今年で28回目を迎えたそうですね。水みち研究で培ってきた経験を、ぜひ次世代に伝えて頂きたいと思うのですが、いかがでしょうか。

  私見ですが、環境教育には限界があると思います。生活の中で、自然と接して学び取っていったり、必要があるからこそ学ぶのであって「自然が大事なんだ」と 大人が教えるのは違うのではないか、型にはまったやり方で教え込んでも役に立たないのではないかと思うのです。わんぱく夏まつりは、子どもたちが自ら学 び、子どもたちに教えるのではなく、子どもたちから学んで、それを大人が受け止めて続けてきた活動と言えるでしょう。祭りの盛り上がり方といったらそれは ものすごいエネルギーですが、単なる祭りではなく、野川を守る運動の流れを汲んでいるのです。今でも水質調査とか、川の生物の調査も続けていますしね。

  ここのユニークなところは、特定の機関が主体となっていないこと。あくまでも「祭りをしたい」というたった一点で結束している「実行委員会」によって運営 されています。きわめて不安定な状態でありながら、28年間も続いてきたのですから大したものです。役所も最低限のサポートしかしていません。その代わ り、中学生でも実行委員会に参加することが可能で、大人と子どもが本気で議論するという、ほかではあまり見られない光景が繰り広げられています。手法とし ては遊び場づくりと同じですが、環境保全のノウハウが最初に結びついたことが、ただの遊び場づくりだけでは終わらなかった理由ではないでしょうか。

 

 

水みちは、地下だけではなく空を巡って循環している

 70 年代中頃には72カ所を数えた野川の湧水も、10年後には三分の一が失われてしまいました。水みち調査を始めた当所は、もともとそこに流れやすい所がある と想定しそれを探っていこうとしていたのですが、水みちは「形成されるもの」でもあることがだんだんわかってきました。水みちは井戸で水を汲み上げること でも作られますし、湧水や木によっても作られます。水みちが予想と逆の向きに流れていた井戸の例もありました。

 いい 井戸、いい湧水というのは、いい水みちが固定されているということです。水みちというのは意外と細く、れき層を通る水みちは通常直径10cm内外と推定さ れます。根の周りのローム層の場合はもっと細い。しかし、いったん水みちが形成されると、水が通りやすくなり、適度な大きさに固定されます。ですから井戸 を使うことで、地下水は通りやすい所、つまり水みちを通って湧き出て、使えば使うほどその水みちは良くなるのです。しばらく使わなかった井戸は、逆に水み ちが埋まってしまうのです。

 聞き取り調査にうかがった際、「空にも水みちがある」と言った方がいました。「まさか」 と思いましたが、あとでよく考えてみると木が水蒸気を蒸散させたり、山に当たった水蒸気が雲になったりするわけですから、当然空にも水みちと同じような道 筋は存在すると納得しました。また、木が集まった森や林は一帯の地下水を保ち、大きな水みちを形成しているようです。だから「裏の雑木林を伐ったら、井戸 が涸れた」という話も、道理にかなったことなのです。

 このように聞き取り調査では、水みちに一見関係ない周辺の話も たくさん聞くことができました。よく数字データだけに頼る研究者もいますが、数字はある条件下での一瞬の状況しか表現できません。しかし住んでいる人から の聞き取りでは、いろいろな条件下での経験の集積を聞くことができます。「私が嫁にきた時分は」とか「台風○○号の時には」といった話が聞けるのです。そ ういう意味では、井戸というのは見えない水と出会う場所、地下と会話できる場所とも言えますし、歴史を発掘できる場所とも言えるでしょうね。

  水みちは自然にできている場合もありますが、井戸や木によって形成され、固定されることもあります。もちろん、工場が大量の地下水を汲み上げて水みちが変 わることもあるでしょう。そういう意味では、良くも悪くも水みちの経路や水量、水質は、人間の意思に左右されます。大切に守ろうという意思がなければ、分 断されて失われてしまう危険性もはらんでいるのです。

 水みちは空にもあるわけですから、井戸、湧水、雨水、用水、川といったすべての水は、水みちとかかわる存在です。これらの多様な水とバランスよくつき合っていけること、これが本来の意味でのエコロジーだと私は考えています。


http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_12/no12_f01.html


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近い水、遠い水(嘉田 由紀子)
- 2008/07/05(Sat) -


近い水、遠い水






 日本中にあまねく近代水道が行きわたったのは意外と新しい。日本で最初に近代水道がはいったのは、明治20 年の横浜であり、そのあと、東京、大阪、神戸など、沿岸域の大都市に「衛生」を目的とした近代水道が普及した。しかし、清浄な水が容易に手にはいる農山村 に水道がひろがるのは、高度経済成長期以降、つまり昭和30 年代だ。たとえば、琵琶湖辺では、昭和30 年代まで、「近い水」があまねくくらしの中に生きていた。

 近い水に囲まれたくらしは、縄文、弥生時代から、数百年、 数千年の間に、地域社会の中に、水とうまくつきあう知恵を育ててきた。特に水田農耕に依存する日本では、水田にひく水が地域の中に縦横にひかれ、年中安定 した水の流れをつくりだしていた。「おばあさんは川に洗濯に」という桃太郎の世界があったのだ。わき水や農業用水路、河川の流れにそって、人びとは飲み水 を取り入れ、洗いものをし、流れる水に食物を冷やした。水路に沿って並ぶ家いえの間では、隣の家から流れでる水は、次の家の上水となる。隣同志の社会関係 の親密さは、汚れものを流さないというくらしの「節度」をつくりだす。この節度は決して隣の家のためだけではない。自分の家の得にもなる。

  たとえば、風呂の落し水や人間のし尿は「養い水」として、野菜や米などの農作物を育てる肥料として再利用された。けっして「排水」ではないのだ。価値ある 栄養分を生産に回す文化を私自身は「使い回し文化」と名づけた。使い回し文化が近隣集団という小さなコミュニティの範囲に生きていたのだ。さらに、子ども たちには「川におしっこをしたらおちんちんがはれる」と言い聞かせ、万一汚れものを流したら塩を流し、清めの儀式をする。隣の人びとが汚れを流さないとい う顔の見える信頼関係が、川の水をも飲み水とする安心感をもたらしていた。

 このような水の使い回し文化が崩れるの が、水道の導入と、時を同じくして普及した化学肥料である。化学肥料は農業労働の軽減と生産力の増強をねらいとして、昭和30 年代に急速にひろまった。同時に工場も増えた。家庭や農地や工場から排水が流れだし、結果として、河川や湖などの汚染をもたらした。

  水域汚染への切り札として採用された技術が「下水道」である。下水道は、河川や湖沼への汚濁物の負荷を軽減することがねらいとされた。確かに計算上は汚濁 負荷は減らされるはずであった。しかし、下水処理場でとりあげられた汚泥は、再利用されることはほとんどなく「産業廃棄物」として焼却処分される。化学肥 料による栄養分の負荷は、ほとんど対策のないまま、河川や湖沼に流れこむ。ここでは、かつての使い回しの思想は全く失われている。そして、河川や湖沼は汚 濁物の処理場になる。

 しかし、上水道の普及により増大した水需要を賄うのも河川や湖沼である。日本の水道事業は、特 に水源を表流水に求めてきた。つまり、今や河川や湖沼は、汚濁物の処理場であると同時に上水の供給場ともなる。上水や下水を管理する主体は、近隣集団から 行政部局にうつり、そこには「遠い」社会関係が導入される。生活者は単なる水の消費者となり、利用料金を払うだけの受け身で無力な存在とならざるをえな い。21世紀、地球規模での水不足とエネルギー不足が問題となる。日本では、水は自給できていると思いがちだ。でも、食料の6 割以上を輸入する日本は、水の輸入大国でもある。それと同時に、日本は地震国でもある。何百キロも離れた水に依存する大規模システムは、潜在的なリスクを も増大させる。「もしも蛇口が止まったら」なすすべを持たない無力な生活者から脱するにはどうしたらいいのか。難しい議論はいらない。井戸水やわき水や雨 水、そして川の水など、地理的に近い水を、社会的、精神的に近い水にかえることが、今こそ求められているのではないだろうか。「近い水」を経験的に知って いる世代の知恵が消え去る前に、未来世代への安心をつないでおきたい。




http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_12/no12_a01.html



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保全生態学の分野でのトレードオフ(鷲谷いづみ)
- 2008/07/03(Thu) -



ゼミ「『環境の世紀』演習編」


ゼミの風景

鷲谷いづみ





■講義の補足


保全生態学の分野でのトレードオフ


トレードオフtrade-off)とは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の状態・関係のことである。トレードオフのある状況では具体的な選択肢の長所と短所をすべて考慮したうえで決定を行うことが求められる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 生態学の扱うものは簡単には取り扱えなかったり条件をコントロールして実験したりしにくいため、やや単純化化して考えてみることが重要です。色々な現状を数理的なモデルにして検討し、トレードオフを仮定することはとても多いです。

A+B=T(一定)
 AとBは貯蔵栄養分は種子数。光合成で生産されたエネルギー、物質は一定なので、来年のために資源を残し場合は貯蔵分を大きくし、もし生育環境が不安定な場合は残した資源が無駄になる可能性があるので種子をたくさん作る。

A×B=T(一定)
 A とBは種子の大きさと種子の数。大きさと数がトレードオフの関係になっている。大きな種を作るものは種子数は少しで、小さな種を作るものは種子数が多い。これは繁殖に使えるエネルギーや物質量が一定のため。芽生えが大きな方が有利で競争力が大きいような場合は種子を大きくし、芽生えや生存に適した環境が散在するような場合は小さい種をたくさんばらまく。
    ゼミの風景




環境問題におけるトレードオフ

 経済と環境というものがトレードオフの関係にあったりするかもしれませんけど、それは経済というものをどのように捉えるかによって異なってきます。

 例:森林の生態系の保全と経済活動


 林業ということを考えるとかなり矛盾します。ただ、これは短期的に見た場合で、長期的に見れば実は矛盾しません。短期的に利益をあげようとすれば大きな木を伐ることになり、保全とは相反します。しかし、長期的に考えて50年後も100年後も木を伐れるようにしていけば生物多様性の保全とは矛盾しません。また、自然を保全しながら新しい形の観光・サービス業によって地域が潤うこともあります。タイムスケールをどのくらい先まで見るか、固い頭で考えていた範囲をどのくらい柔軟な頭で広げていくかによってトレードオフに見える現象を乗り越えていくことはあり得ます。乗り越えるために努力していかないと環境問題は難しいです。

保全生態学とは


 生態学の分野の1つです。健全な生態系の持続や生物多様性の保全を社会的に決定していくために生態学として必要な研究を担っていくものです。生態学でこういう分野が意識され始めてまだ10年も経っていませんが、最近若い研究者が増えてきています。生態学の分野では大事な分野だと認識が広がっています。他の自然科学と何が違うかというと、机上の学問ばかりをしていてもしょうがないので様々なところで実践的なことをサポートするような研究を行うという点です。専門を深めるだけでなく広い理解が必要になります。タコ壺的な学問でなく、色んな人とコミュニケーションしながら自分の学問を社会に位置付けていくことができる学問であると言えます。




■質疑応答


Question    

 統合的アプローチというアプローチのお話がありましたが、保全生態学の学問の中で経済・社会的側面を取り入れた研究は進んでいるのでしょうか?

Answer    

 まだ十分ではありません。大切であることは認識されていますが、日本では異分野間の学問の連携の歴史はまだ浅いでえす。色んな分野の人達が協力できるようなフォーラムを作ったり、同じフィールドで連携を持ちながら研究してみるということが必要です。あるいは様々なことを勉強している人が出てくることが重要かもしれません。あちこちのタコ壺を覗いてこれとこれと結びつけたらおもしろそうだな、ということが分かる人、そういう専門家というか広い専門家が必要です。現状では学問のあり方が対応していませんが、これからではないかと思います。




Question    

 水界生態系以外で自然再生を行っているプロジェクトで鷲谷先生が関わっていらっしゃるプロジェクトっていうのはありますでしょうか?

Answer    

 国の方針になってからまだ1年くらいしか経っていませんが、今の内閣の方針として取り上げられるようになり、今年辺りからだいぶ始まりました。一番熱心なのは国土交通省の河川局です。私が関わっているものとしては、霞ヶ浦、渡良瀬湧水地、きぬ川などです。きぬ川の例では昔ながらの河原を残していくことが必要です。どんな管理のあり方が最適か考えていかなければなりませんが、少なくとも河原に依存している生物を引き継ぐために、小規模でも工学的にそのような環境を用意していくこと(マイナー・レストレーション)が必要です。環境省では里山の再生事業も進められています。




Question    

 1つ質問で1つ意見です。生物多様性国家戦略は現実的に橋や道路を作ったりするような事業において拘束力を持つようなビジョンになっているのでしょうか?

Answer    

 それそのものは拘束力を持ちませんが、国のビジョンなので尊重しなければなりません。計画の段階での生物多様性の保全と矛盾しないか検討や、アセスメントでの動物・植物、生態系などが対象になっているなどです。国土計画などの国の上位の計画を見直すようになれば良いのですが、そういう方向に進むかはまだ微妙です。拘束力という点では十分ではないかもしれませんが、尊重しなければなりません。




Question    

 ということは国土交通省などの役人の人は一応は頭に入っているようなことなのでしょうか?

Answer    

 省庁間の協議の下で作られて閣議決定しているので省庁も参加しています。ただ、現場で仕事している人に理解があるかというと、ある範囲のことだけ知っているということも少なくありません。こういう戦略があることを行政の方に広く知ってもらうことも大事ですし、一般市民も広く知っていくことも大事です。




Question    

 1 つ意見なんですが、僕は移入種問題について考えるグループに所属しています。そこで、いつも話題になるのが、ブラックバス、和歌山の台湾猿、ケナフやホタルの問題なのですが、結局移入種問題が怖いのは、洗剤を川に流す効果よりカメかなんかを放してしまう効果が非常に大きい。1人の行為が非常にディザスタルな効果を及ぼすということが分かっていない。

Answer    

 生き物は増えるからですね。増えたり性質を変えたりするから化学的な物質なんかより影響力が大きい。




Question    

 ただ、そこで問題なのは移入種問題っていうのはいつもぽこっと抜けていて、ブラックバスの問題なんかは分かりやすいというのに、ホタルをどこかから持ってきて家に放すというのは、きれいだ、自然を楽しんでいるということでまるで環境保護をやっているような気持ちになってしまう。ケナフも同じでこれが環境に良いと噂されていて、植えましょう、そしたら良いことがありますと受け止められている。非常に教育に問題があるといいますか

Answer    

 本当に仰るとおりだと思います。野生生物に対する意識というものが、広がるような教育っていうのが日本には全然無いんですね。ですから、もしかしたら多くの人が皆さん生き物にあまりご関心が無いということになり、イメージできる生き物が園芸植物やペットのみになってしまい、なぜ他の地域の生き物を移したらいけないのか理解できないんですね。これから外来種対策に関する制度作りが始まります。そこで重視されるのは、他の環境問題でも同じですが、やっぱり学習とか教育などです。また、先生に限らず、指導できる人というのが必要です。皆さんはそういう役割を果たしうるのではないでしょうか。




Question    

 先程トレードオフを乗り越えていくということが必要と仰いましたけど、今そのために何かやっている具体的な取り組みなどがあったら教えてください。

Answer    

 あまり具体的なことをイメージせずに言ってしまったんですけれども、トレードオフというのをテーマにして私自身が何かやっているというわけではないと思うのですが、そういうことに直面した時は、もう少し視野を広げてこう着状態にあるように見えるところを見てみたりしながら、乗り越える道を探っていくことが重要なんではないかという意見なんです。もしかしたらどういう風に視野を広げても難しい問題が無いとは限りませんど、もう少し理解が深まると思います。ある環境問題のみでなく広く色々見るようになると一番良い解決方法が見つかるのではないかと思います。環境問題を考える人が、ゴミならゴミだっけなど、専門化しすぎているのではないでしょうか。やはり誰でも生き物に対する目をもってほしいと思います。




Question    

 一般人の考えからすると環境を保全するというのは感覚的にそうか、やらないといけないのかという風に思っている人が多いと思います。そういうものにはむしろ悪いことがあったりすると思うのですが、なぜ保全をやらなければならないのか、専門の先生としての意見をお聞きしたいのですが。

Answer    

 そうですね。NGOの人と連携したり、国の事業に関わったりしているのですが、生態学という立場から考えて望ましいことはこの場ではこうだろうということがアドバイスできるくらいですね。ですから万能ではありませんから今までの経験の中からお話させてもらいます。おそらく専門家でなくとも地域の自然を良く見ているという方はいらっしゃるんですね。多くの場合、そういう方と見方は一致します。




Question    

 それは何のためにやっているということでもないんですか?保全のためというよりは、保全という手段を使って何か目標があるというわけでは?

Answer    

 目標というのは一言で言えば持続可能性です。人類のですね。最初は自分の関心のある生物の保全ということが目標だったんですが、そこから色々考えていくうちに、「生物多様性を守る」というところから出発して今はどちらかと言えば「生物多様性で守る」という感じです。




Question    

 保全生態学があまり発展していないということは知っていたのですが、保全生態学とかそういう環境のものとして何か学部を作ったり、そういうことを学ぶ場が少ないような気がするのですが

Answer    

 そうですね。少ないですけど、今私のところは保全生態学という講座なんです。農学生命科学研究科の生圏システム学専攻という専攻ができる時に、そういう講座名が文部省に認められたんです。日本中を探せば他にもう1つくらい確かあると思います。




Question    

 そういうのを増やしていこうという動きはあるんですか?

Answer    

 今若い研究者が増えていますから、そういう人達がポストにつく時に保全生態学という教室や講座ができていけばと思いますが、中々学問の枠組みというのはそう簡単には変わらないんですね。社会的ニーズというのも色々あり、環境というのも高まっているニーズで、もちろん新しい学科ができたりしていますがまだまだ変わりにくい。というのは既存の学問をやってきた方が急に新しいテーマに取り掛かるということはできないですから、若い人が時間をかけて育ってきた時にそういう分野が発展していくという形を取らざると得ないのではないでしょうか?学術誌などもアメリカ合衆国でオンラインジャーナルで「Conservation Ecology」という雑誌があるんですけど、できたのが1997年ですし、日本でも「保全生態学研究」という和文誌ができたのが1996年です。ですから意識的にそういう分野のactivityが盛んになってきたのが1990年代の後半です。もちろん始まったのはずっと前で、元になるような学問は以前からありますが、あまりに危機的な状況になってきたので周りから学問として認められるようになってきたような感じです。ただ、専門家が大変少ないです。こういうところに参画しなければならない研究分野というのはたくさんあります。色んな専門家の他に全体を見られ利保全生態学的な発想の専門家が必要ですよね。ですが、今のところ私がたまたま保全生態学の研究者として割合目立ってしまっているので色んなところに行かないといけない感じになっています。若い人が増えてきますと分担できて、もっと良いプランが出せたり、仕事ができると思います。




Question    

 例えば小学校で「環境」という科目を作ったとして、そういうような教育をしていけばいいんじゃないかと思うんですけれども、さっきのホタルみたいに、良いことだと思ってやっていること、ゴミを燃料にしたら余計にエネルギーを消費してしまったり、本当はあまりよくないことをしていただなというようなことが結構あるような気がするので、例えば「環境」という学問を作ったとして、かえってよくないことが広まってしまうかなっていうのが気になるんですけどどう思われますか?

Answer    

 そうですね。正しい情報とか専門家の方と正しい議論をしてきちんと出した手順みたいなものが伝わることが必要なのではないでしょうか。ケナフなんかも一時期すごくはやりましたけど今はその問題が正しく認識されるようになってきたのでもうやめてますよね。学校ビオトープなんかも最初は目をおおいたくなるようなものがありましたが今は正しい情報が伝わってきています。やはりある程度理解している方からの情報発信とか色んな場面での議論が重要になってくると思います。それから学校教育なんですが、皆さんご存知のように総合学習が今年度から始まっています。それは学校の先生のみでなく、地域から先生を招くことも多いです。環境に関して積極的に活動している方達が正しい情報に基づいて学校に行って環境教育を実践するようになれば問題は無くなっていくような気がします。




Question    

 今、移入種問題などは初めて聞いたのですが、ホタルとかは、良くやっているつもりで悪いというのは?

Answer    

 悪いというのは、ホタルがその地域に適応していたり、血筋のようなものを持っていたりするわけなんですが他の地域に持っていくと雑種ができてしまい、自然のパターンを崩してしまうことになるんです。生き物を移動させるということに関してはかなり慎重に行わなければならないんです。自然を豊かに、とか自然再生とかいうようなテーマで結構変なことが起こってしまいがちなんです。だから、ホタルの生息環境を取り戻したりなど、地域のものを復活させるのは良いのですが、自然再生という時に他の場所から乱獲して持ってきて生息環境が整っていないので毎年その地域で多くが死んでしまい、とってくる先も減ってしまうということになってしまいます。生物的にまとまりのある地域性ということを意識するのが重要で、今そういう認識も深まってきています。




Question    


 先程の講義の中で、色々広いことをやっていてよく分からない部分もあったので1つだけお聞きしたいのですが、生物多様性、色んな種がいるということや遺伝的に多様であるということがどうして僕達に恵みを与えてくれる健全な生態系というものとつながるのか分からなかったのですが。

Answer    

 おそらくかなりタイトな関係があると考えられています。1つ挙げてみれば、生態系が健全であるということは色んな機能を担う生き物がいるということですよね。それで色んな機能は違うグループの生き物が担うので様々な生き物がいなければならないわけです。そのようなグループがきちんと確保されていないと生態系での物質やエネルギーの大きな流れが妨げられている。また、生物が生きていく環境も他の生物との関係でなりたっている(ポリネータなど)ので、グループがたくさんないといけない。同じような役割を果たす生き物なら一種ずつ残せばよいのかというような問題もありますね。これは、同じよう役割を果たしているように見えても細かいところで異なっており、その生物がいなくなったら困るかもしれないし、あるいは環境の変動などで1種が絶滅しても他に同じ役割を果たす生物がいれば(冗長度)、代わりになるためやはり重要です。多様性が高いということはいろいろな機能が十分に発揮されると同時に、安定的に発揮されるという意味で重要だとされています。ただ、私達は野生生物に対してごく一部の知識しか持っていません。認識もされていないような土壌中の微生物が重要な担っている機能もあります。ですから、分かっていないからこそ今の状態を保とうというのが目標でもあるのです。




Question    

 今の説明と大体重なると思うんですけど、生物多様性と持続可能性のつながりっていうのは、要するに複雑で1個欠けるとどうなるかよく分からないからということではなくて、やはり環境の変化に対して安定だからということなんですか?

Answer    

 両方です。それもありますし、生物多様性の減少させている原因は私達にも関わってくるからおろそかにはできないし、色んな側面から生物多様性の維持が目標になっています。




Question    

 ただ、その失われていく原因が例えば開発で、開発しなければ貧困から抜け出せないというような状況であった場合、よく分からないという理由だけでは多分それを止めることはできないと思うんですけど。

Answer    

 貧困から抜けられないというのは今の時点ではそうかもしれませんけど、生物多様性が失われてしまったらもう少し先を見た時に一旦豊かになったように見えてももっと厳しい貧困が待ち受けているかもしれませんよね。そういうような視野を持つことが重要です。




Question    

 多様でなくても先程おっしゃった様に、生態系の機能が維持できるように1種類ずつ役割を果たすものがいれば

Answer    

 そんなこととても今は言えません。




Question    

 それでしたらただ、今分からないからという理由のみになってしまうような気がするんですが

Answer    

 今分からないことっていうのをおろそかにしないようにしようっていうのが今の考え方の基本になっています。予防原理とか予防原則という言葉がありますよね。昔だったら、分からないのにそれを守ろうというのは贅沢じゃないかというような発想で色んなことが行われてきたんですが、それで深刻な問題を引き起こしてしまったんですよね。それで分からないんだったらなるべく安全側で判断しようというのが今の考えなんです。だから、生物多様性の保全というのもかなり市民権を得てきたんです。




Question    

 僕が言っているのはそういうことではなくてですね、1種類ずつでも大丈夫だということが分かった場合多様性を失わせてもいいかという

Answer    

 それは実は違うんです。今日は話を複雑にしたくなかったので人間中心的な視点からのみ話をしたんですけれども、生物多様性の保全を考えるバックグラウンドには存在価値を重視するということがあります。文化財などと同じく、現在の生物多様性は歴史的な産物でかけがえのないものという意識があり、また、これからの生物の進化を保証するという意味で多様性は重要なので存在価値も大きいんです。




Question    

 生物多様性の存在価値が認められるのと同じように、道路や橋にも存在価値があるという時に、それを打開するためには

Answer    

 それはもうそこに関わりのある人達の中での徹底した議論によって結論を出すしかないと思います。必ずしもどちらかが上位に来るというわけではないです。ですが、橋とか道路などの意味は皆よく分かっているので、今の時代は少し割り引いて生物多様性を少し重視するような姿勢でちょうど良いのではないかと思います。




Question    

 今日の話とずれるかもしれないんですが、今年は桜前線が早いという話がありますがこれは温暖化の影響があるのかなと思っているのですが、ということは暖かくなるのが早いということじゃないですか。そういう面で今何か問題が起こっているのでしょうか?

Answer    

 きっとあまり気が付かれてないと思いますが色んな変化がもう起こっていると思います。どういう環境のシグナルにレスポンスしてある時期に花を咲かせるのかというようなことは植物なら大体同じですが、昆虫も全く同じシグナルに反応しているのだったら同じ時期に出てこれますけど、もし違うシグナルに反応しているとしたら、気候が変わると花が咲いてもその植物にとって重要なポリネータとなる昆虫が活動していないというような状況が出てきてしまいます。生物間の関係は網の目のように張り巡らされており、研究されているのはごく一部です。分布域を変化させることができれば良いのですが、今は分断されてしまって分布を変化させたり環境に適応したりしにくくなってしまいます。もっとひどくなってくるともしかすると人為的に移動させるというようなことも課題となってくるかもしれません。東京はヒートアイランド現象があり温暖化と重なった時に亜熱帯や半乾燥帯の外来種の生物が侵入してくるとこれも問題となってくるのかもしれません。


http://www.sanshiro.ne.jp/activity/02/k01/schedule/4_19d.htm




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生物多様性3つの危機と『国家戦略』(鷲谷いづみ)
- 2008/07/02(Wed) -



生物多様性3つの危機と『国家戦略』

   



鷲谷 いづみ

鷲谷いづみ




■イントロダクション


 生物には環境容量という限界がある。

環境容量(carrying capacity)

 生物は、様々な資源に依存して生活しなければならず、また、生活に空間が必要であり、さらに、活動の結果による老廃物等の発生により様々な制約を受ける。これらの資源・空間・機能などの制約による生物の増加の限界のこと。

 持続可能性の前提は人間活動の質と強さを環境容量の中に収めること。 その指標となるのが生物多様性。




■生物多様性が指標の役割を果たし得る理由


(1)生物多様性がどうして失われるか、すなわち種がどうして絶滅するのかという原因を探っていくこと
(2)生物多様性が失われたら、つまり地域から種が絶滅した場合どういう結果がもたらされるのか

 の両方を考察してみると明確になってくる。
 まず(1)の方から考えていく。カエルはまとまった研究成果があって例として挙げやすいのでカエルで説明する。

コスタリカのオレンジヒキガエルの例

 コスタリカは豊かな熱帯域の自然が残されている国であるが、1987年にオレンジヒキガエルが絶滅し、同時期に20種類のカエルが(その地域のカエルの 40%)絶滅した。国際学会でこのことが話題になると、世界中でカエルが消えつつある事実が明らかになってきた。そして、絶滅の原因を探る研究プロジェクトが展開されて疑われる要因がいくつかあがってきた。


・ペット用の商取引のための乱獲

 ペットとして売られるまでの輸送などの過程でどんどん死んでしまうため、歩留まりが少ないのでたくさんとって、生き残ったものを売るという形になっている。そのため、誰かが1匹ペットを飼うとしたらその背後で多い時は何千、何万匹も犠牲になっている。


・酸性雨

 北半球の緯度の高い地域では酸性雨による影響が大きく、湖が酸性になってり、そこに住む生物が今まで経験したことの無いような環境になってしまい、死滅してしまう。


・オゾン層の破壊による紫外線増加の影響

 人間が紫外線を浴びすぎれば皮膚がんになることから分かるように紫外線は生物にとって有害なものである。カエルは毛も羽も無いので特にその影響を受けやすいのではないかと言われている。


・新奇な疫病の発生(外来生物の影響)

 今まで接触したことの無いような生物によって様々な病原生物(水カビやウィルスなど)がもたらされ、流行病を引き起こす。


・内分泌撹乱物質による免疫系の弱体化

 環境中に広がっている化学合成物質が体の中に取り込まれ、免疫系を弱体化させる。カエルは水の中で生活しているので地域によっては化学的な汚染の影響を受けやすい。海の哺乳動物に関してもこの問題が目立っている。


・温暖化に伴う異常気象(干ばつなど)

 温暖化に伴う異常気象によって干ばつが続いて雨が降らず、オタマジャクシはが生活するための森の中の水溜りが無くなってしまい、子孫が残せなくなった。


・水辺の開発による生息環境の喪失

 水辺の開発によってカエルが生育できる環境自体が無くなってしまう。両生類は生活するために水辺と森林の両方を必要し、さらに両方がある程度近い場所にセットで存在しなければならない。環境に対する要求性が贅沢であり、水辺か森林のどちらか一方が無くなってしまっても地域からカエルは絶滅してしまう。

 これらはカエルに限らず、他の動物に幅広く共通することであるが、何故カエルが20世紀の最後の20年くらいに急激に絶滅したのかというと、他の生物よりやや感受性が高いからである。感受性が高いとはどういうことかというと

    * 幼生期に水の中で生活し、また、毛も羽も衣服も無いので汚染物質の影響や紫外線の影響を受けやすい
    * 贅沢な環境の要求性を持っている

こういうことから、環境の悪化の影響がいち早くカエルにあらわれたのである。

鳥の声が聞こえなくなったりなど、身の回りから生物が消えていくことが、人間に何か影響するかもしれない環境の変化の兆しだと受け取ることの重要性はレイチェル・カーソンの「SILENT SPRING」で指摘されている。

    * 生活している場所にどんな生物が、どのくらい居て、どういう状況なのかというようなことを把握しておくこと
    * 生物が減少し始めたり、絶滅しそうになったり、絶滅した時に、そのことをおろそかにせずに原因を追求すること

→私達にとっても問題の無い環境を維持していくためにとても重要

 今度は(2)について見ていく。
 自然から提供されるものは様々なものがあるが、単純化すると「自然の恵み」というキーワードでかなりのことが表せる。財(食料、燃料、建材、繊維、薬用植物、遺伝子など)やサービス(水や空気を清浄に保つ作用、作物が育つような土地を形成する作用、やすらぎや癒しなどの精神的な作用)として様々なものが提供されている。

 自然の恵みが過不足なく提供されている時は私達はそれを意識しない。しかし、それらが失われてくると強く意識し、何らかのコストを払ってそれらを補わなければならず、補えないようなものなら暮らしや環境に重大な環境が及ぶ。例を挙げればきりが無いが2つ挙げる。


1.「実り無き秋」という現象

 レイチェル・カーソンの言葉であるが、あまり意識されていない。農作物を考えれば分かるが、花が咲いた後に実が実って種ができないと困る。花が咲いても実が実らない、種ができない「実り無き秋」という現象が広がってきている。


例:サクラソウの「実り無き秋」の問題

 花粉を運んでくれるような昆虫(ポリネータ)がいなくなってしまう。この場合トラマルハナバチの女王が重要な役割を果たしているが、植物以上に環境の変化に敏感で農薬などの影響によって減ってしまう。そうするとサクラソウの花が咲いても種が実らないことがある。あるいは個体数の減少によりハチが来ても相性の良い繁殖相手を見つけにくくなってしまい、完全な繁殖がしにくくなてしまう。

 生物は色んな関係を持ちながら、その関係に支えられて繁殖し子孫を維持していくため、そのような関係がなくなると問題が生じる。詳しい研究が実施された260種程度の半分の種で「実り無き秋」が見られている。


2.失われた浄化作用

 川や水辺などのウェットランドが失われることで水を浄化する機能が失われた。土と接触しながら水が流れ、水辺の植物の栄養の吸収や微生物の作用により水が浄化されていたが、それらの生物がいなくなって浄化作用が失われてしまった。経済的にかなりのコストをかけて浄化せざるを得なくなっている。

 絶滅が起こると「自然の恵み」を提供するような「健全な生態系」が失われる。

 現在、「人と自然との共生」とか、「生物多様性の保全」とか、「健全な生態系の持続」というようなことが社会的な目標としてとりあげられることが多くなってきたが、全部ある意味では同じことの違う側面を見ている。
 「健全な生態系の持続」と言う時は、自然の機能に着目している。自然の連携プレーによる、私達にも意味のある働きを含む様々な働きを重視している。
 「生物多様性の保全」と言う時は自然を構成している要素に着目している。機能を発揮しているのは要素と要素間の関係であるので、それが無くならないようにすれば機能は発揮される。
 これらは後の世代の人たちが私達と同じように自然の恵みを享受して生活するための目標であり、持続性、持続可能性ということである。

 ここで、どのくらい絶滅の問題が深刻なのか少しだけ紹介する。現在ではこの問題に対する認識が高まっているので、地球規模あるいは地域ごとに絶滅のおそれのある種をリストアップする作業が進んでいる。できあがったものをレッドリスト(リストにしたもの)とかレッドデータブック(リストに情報が付されている)と読んでいる。IUCN(国際自然保護連合)という各国の政府機関やNGOが加盟しているような国際組織によって編集されている。詳しい紹介はできないので目立つ哺乳類について話す。

 昆虫や微生物、海の生物などの研究が進んでいないため地球上に何種の生物が生息しているのかが全く分からない。推計も桁が違うのでそれをベースに絶滅の危機は評価できないが、脊椎動物と花を咲かせる植物は目立つのでこれらを例として絶滅の危機を評価する。今絶滅しそうなものは、生息数が少ないもの、明らかに減少傾向にあるもの、生息域がかなり限定されているものなどを基準としてランクをつける。霊長類は2種に1種が絶滅の危機に瀕している。霊長類の絶滅危惧種の比率が高いのは熱帯域の森林を生息地にしている。この辺りの生息環境の破壊が著しいことが分かる。種数を多くするということから見ると熱帯雨林は重要である。たとえ直ちに熱帯雨林の10%を保護区にしたとしても数十年以内に半数の絶滅が見込まれる。

 カエルを例にして様々なタイプの人間活動が生物多様性を脅かすことをみたが、もう一度みてみる。

    * 乱獲・過剰採集…直接個体を減少させる
    * 生息・生育環境の悪化…高い死亡率、繁殖の失敗
    * 生息・生育場所の分断・孤立化…生息場所のつながりの喪失
    * 侵入生物の影響(外来種の問題)

 いくつもの要因が複合して作用し種の絶滅を加速しあう「絶滅の渦」に多くの種が巻き込まれている。

 ここで、他の環境問題、地球温暖化と対比をしてみる。
 過去42万年に逆のぼる二酸化炭素濃度の変動のデータを見ると過去二酸化炭素濃度は何回も変動しているが、変動しながらもある範囲内に収まっていることがわかる。200ppmよりやや低いくらいから300ppmの間で変動してきた。何が起こってもおかしくないようなところまで進んでいる。
 何をすべきかというと、二酸化炭素濃度を減らさなければならない。現在はこれ以上増やさないことが目標であり不安が残るが、以前の濃度に戻すという目標にすれば安全である。そこまでの合意形成は難しいが、やるべきことははっきりしているのが気候変動という地球環境問題である。

 生物多様性危機は原因が多様で絡まりあっている。様々な開発行為、生物資源を利用する行為、色々な汚染、生物を移動させること(外来種の問題)が原因となっている。絶滅のある危険種を全て救うとなると、多様な要因を限度内に抑える努力が重要であり、おそらく人にとっても健全な環境を維持することにもつながる。

 気候変動を解決したら人類の未来は明るいということではなくて、様々な環境問題を1つずつ解決していかなければならない。生物を絶滅させないようにするという目標をおいて多様な努力をすることが、ややこしいようでもあるけれども一番の近道でもある。

人も生物であるから生物多様性は人も含む概念である。「自然の恵み」に頼って生きざるを得ず、完全に人工的な環境の中で生きてはいけない。解決のための努力が行われている。


生物多様性条約

 1992 年の地球サミットで締結され、現在182カ国が加わっている。日本は18番目。世界中のかなりの国がこれに参加しているが、アメリカ合衆国は参加していない。生物が絶滅したり、豊かな生態系が失われるのを防ぐことと生物資源を持続的に利用できるようにするというのがこの条約の目標である。

 以上イントロダクションが長くなってしまったが、この条約の第6条で締約国の義務として国家戦略を作ることがある。1995年に最初の国家戦略が策定されている。それまで重視されていなかった「人と自然との共生」というようなことが社会的な目標として広がってきているが、それをさらに強化するために、まだ1ヶ月も経っていないが、2002年に3月に新しい生物多様性国家戦略が策定され、3月21日に閣議決定されている。




■生物多様性国家戦略


 ポイントとなる部分を紹介する。日本ではどのような危機が進行していて、それを回避するために何をなすべきかということに関して国のレベルでどういう合意形成がなされているかということを紹介する。

 その前に日本の自然の特徴について少しだけ話し、生物多様性という言葉に惑わされて何をすればいいか分かりにくいので補足しておく。

 生物多様性の保全とは端的に言えば、種の絶滅を防ぐと言えば一番分かりやすい。どのような種を特に意識すれば良いかというのは「グローバルな多様性の維持はローカルな固有性の尊重から」というスローガンによってあらわされる。地球上で異なる地域ごとの特有の生物相を大切にすることが生物多様性の維持である、ということである。また、今日は詳しくは説明しなかったが、生物多様性の概念は単なる種だけではなく、種が作り出しているシステムも含んでいる。

 日本に固有の生物を守っていくことが生物多様性の維持につながるが、では日本の生物相はどのような特徴を持っているかというと極めて豊かな生物相を持っている。

    * 季節風気候帯…場所によって降水量のパターンが違う
    * 島弧造山帯
    * 亜熱帯〜温帯〜寒帯…環境の幅広さ
    * 豊富な降水量
    * 氷河時代のレフュージア…氷河期以前の暖かい時期の生物の生存
    * 火山と急流河川(活発な侵食・堆積作用)が作る多様性…エネルギーが集中、色々な環境条件がモザイク的に存在
    * 撹乱(植生を破壊するような作用で時に多様性を高めるのに役に立つ)とストレスの効果

 これらの作用が多様性を高めている。面積が大体同じ国で比較してみる。両生類を見ると、日本では61種で他の温帯のイギリスやニュージーランドや桁違いに多く、種が多い熱帯のフィリピンに匹敵する。また、トンボ目を見ると、日本は197種でイギリスの4倍近くでヨーロッパ全体よりも多い。両生類やトンボが多いのは両方とも同じ生活史(幼生期は水の中で暮らして大人になると森の中へ)を持っている。日本は主食が米で、水田で作っていたので人が生活するようになった後もこれらの生物が必要とする森と水辺が組み合わさった環境が保たれた。里地、里山と呼ばれる環境で人は生物資源を利用していたが、これはトンボやカエルなどの生物が生きていくのに適した環境であった。
 現在では物理的な環境や農業のあり方の変化や、経済的価値の喪失による里山としての管理の喪失などこのような環境の喪失も日本の絶滅危惧種が増える原因である。数十年前までよく見られた種(トンボ、ダルマガエル、キキョウ、フジバカマ、オミナエシ、ハマグリなど)が続々と絶滅危惧種になっている。


国家戦略について説明

 HPで見た人がいるかもしれないが、かなり厚い。大体このような感じである。


新生物多様性国家戦略の特徴

 「自然と共生する社会」実現のためのトータルプラン
 様々な分野に渡り、長期的に考えるプランである

行動計画としての性格(5年の計画期間中に実施すべきものを明示)

 いくら良い計画ができても棚上げされれば効果を発揮しないので、必要なことをなるべく早く行っていくか明示。一部数値目標も定めている。


3つの視点


 統合的アプローチ
 生物多様性の問題の原因は多様な原因が絡まりあって作用しており、1つのことだけ見ていくわけにはいかないので統合的なアプローチが求められる。国土全体を対象にし、また、社会的、経済的側面も考慮しなければならない。国土の利用のあり方に関しても地域ごとの計画などにも生物多様性の保全が盛り込まれることが必要。また、大気・水環境への負荷を小さくすることも必要。

 情報公開
 1年間かけて議論をし、ヒアリングや勉強会、NGOの開催したシンポジウムに参加。パブリックコメントなども行った。情報公開・参加・合意形成が重要。

 自国以外の生物多様性に対する配慮
 アジアとは自然環境の面で特につながり強い。アジアに限定しなくとも他の地域の生物多様性に日本の社会経済活動が与える影響も大きいので配慮する。



3つの危機

 第一の危機 乱獲…人間活動の強い影響で生物が絶滅の危機に
 第二の危機 伝統的な自然への働きかけの喪失里山や田園への手入れの不足
 第三の危機 外来種・新入種・自然界に存在しない化学物質による問題
  これへの対応は先進国の中では遅れている。このような問題は生物学的侵入と言い、日本は無法地帯に近い状態。ただ、国家戦略で必要な法整備がなされることになっている。


重視されるアプローチ3つの方向性

 1.保全の強化
 種の絶滅や湿地の減少、外来種問題について必要な規制を

 2.里地里山の保全と利用
 かつての利用のあり方が意味をなさなくなり放棄されてしまったので、新たな利用のあり方によって保全されていくような社会的な仕組みや手法を作る

 3.新たなアプローチ
 自然再生。すでに大きく劣化・損なわれている自然について現状を維持するのでは無く、積極的に再生・修復。様々な自然再生事業が進められている(例:霞ヶ浦のアサザプロジェクトなど)国主導の事業も始まる。


 

■私たちにどのようなことができるのか



保全への参加

 NGO、NPOはたくさんあるので参加してみる

消費者の立場から

 環境保全型の商品の購入(例:無農薬米、オオヒシクイ米など)

ペットの飼い主として

 ペットを飼うなら最後まで自分で責任を持つ

お年寄りのできること

 どんな自然を再生するのかという目標のため、生き物の思い出を話し、豊かな自然のあり方、かつての自然との関わり方を伝える。


http://www.sanshiro.ne.jp/activity/02/k01/schedule/4_19c.htm


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